関税引き上げの「脅し」は同盟国には効いても、中国には通用しない
2018年08月22日
中国商務省の次官が8月22日から23日にかけてアメリカを訪問し、財務省の国際問題担当の次官と協議することになった。米中両国の首脳が参加する11月のAPEC首脳会議等の場で、貿易問題について協議する予定であることも報道されている。
外交と国内問題は異なるものだと考えられているかもしれないが、実際にはコインの表裏の関係にある。
日本国内に牛肉の生産者がいなければ、牛肉の関税をゼロにすることに誰も異議を挟まないだろう。消費者が安く牛肉を購入することができるというメリットがあるだけで、生産が減少するというデメリットはない。関税撤廃の抵抗勢力として名をはせている農林水産省も、国内で生産のないものについては、関税の削減や撤廃に応じてきた。
外交の成果は利害関係者も含めた国民が納得できるものでなければならない。それによって特定の業界に被害が及ぶようだと、その説得のために国内対策が必要となる。
これまでも関税引き下げ等の貿易自由化交渉では影響を最小限にするように交渉が行われてきたし、それでも合意の結果、影響があると心配された場合には、必ず国内対策が打たれてきた。牛肉・柑橘の自由化、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉、TPP交渉などである。
古くは、沖縄の本土復帰の引き替えに繊維製品のアメリカ輸出を減少するために行われた繊維交渉の際には、余剰となる機械の政府買い上げや業界への救済融資、貿易以外では、世界各国が200海里水域を設定した際に漁場が減少した漁業者を救済するための減船対策などが打たれてきた。
今回の米中貿易戦争でも、中国の大豆関税引き上げに対して、トランプ政権は1.3兆円の農業救済措置を講じた。このように、外交は国内問題と常に背中合わせであり、国内の関係者を考慮しながら外交は行われる。
これまでトランプ大統領は「関税とは良いものだ。困った国は止めてくれと譲歩してくる」という趣旨のことを支持者向けにたびたび発言してきた。
その良い例がEUとの合意である。自動車の関税を上げると言ったら、EUはそれを止めてもらう代わりに「自動車以外の関税をゼロにし、大豆の輸入を増やすと言ってきた」とトランプは強調している。日本も自動車の関税を上げると言ったら牛肉の関税を引き下げると言ってきた、というのだろう。相手から譲歩を引き出すための手段として関税の引き上げを使おうとしているのは明らかだ。
EUの大豆輸入の拡大は全く内容のない約束だった(参照「トランプの農業救済は逆効果」)。しかし、トランプの言うことなら全て信じるという現在の共和党支持者向けの演説としては、当面中間選挙が終わるまでは有効なのかもしれない。
トランプは8月22日に始まる今回の協議について「中国も自分のシナリオ通り、関税の引き上げの代わりに協議に応じてきた」と言いたいのだろう。しかし、中国の場合は政治的・軍事的な同盟国であるEUとは事情が異なる。
しかし、中国とはやられたらやり返すという形で互いに関税の引き上げを行っており、全面的な貿易戦争に突入している。
中国としては、アメリカの一方的な関税引き上げは明らかにWTO違反であり、中国が関税の引き上げを止めるならアメリカも関税を元に戻すべきだ、と主張するだろう。交渉の構図がEUの場合とは違うのである。
トランプの頭の中にある通商交渉のモデルは、1980年代から90年代にかけての対日通商交渉だ。アメリカの安全保障の傘の下にある日本は通商交渉で徹底的にアメリカと戦うことはできなかった。アメリカの言うことを聞かざるを得なかったのである。現通商代表のライトハイザーも当時の対日通商交渉を経験した人物である。
当初、トランプは中国がやり返してくるとは思っていなかったに違いない。対EUと同様、超大国のアメリカが関税を上げると脅すだけで中国は譲歩すると思っていたのだろう。大きな誤算である。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください