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アメリカは米中貿易戦争を早く終わらせたい

最も被害を受けるのはアメリカだ。このままではトランプの再選が危うくなる

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 基本的な事実を整理すると、中国は米や小麦等の穀物について基本的に自給する方針を崩していないが、油の製造や家畜の飼料として使われる大豆については、国内生産をほぼあきらめ、輸入に依存するようになっている。生産量1400万トンに対し、輸入は9700万トンに上る。これは世界の貿易量の6割を超える。

 そのうち、ブラジルからの輸入は56%、アメリカからは33%であり、この二か国でほぼ9割を占める(アメリカから見ると、中国向けはアメリカの全大豆輸出の6割、生産全体の3割以上を占める)。

 このような状況で、アメリカ産大豆の輸入コストが25%の関税分上昇したらどうなるだろうか?

 まず、中国は相対的に安くなったブラジル産などの大豆輸入を増加させる。次に、中国の輸入は国有企業によって行われているので、ある程度価格が高くても、意図的にアメリカ産以外の大豆の輸入を増やす(不作の影響で価格が上昇しているアルゼンチンの大豆さえも中国は買い付けている)。さらに、ひまわり、菜種、パームなど大豆を代替する品目の輸入を増やす(ちなみに、大豆やこれらの作物は油を取るためのものであり、国際的には一括して”油糧種子”と呼ばれ、穀物とはされていない)。

 もちろん、これだけでは輸入してきたアメリカ産3000万トンを全て代替することはできないので、関税分コストが上昇したアメリカ産大豆の輸入も行う。それは、関税引き上げ以前のアメリカ産大豆の輸入量と比べると、どうなるだろうか?

 まず、大豆の輸入価格が上昇するため、中国の輸入量全体が減少する。そのうえ、他国産に代替されるので、アメリカ産の輸入は大幅に減少したものとなる。

 8月17日のフィナンシャルタイムス誌は、今後6ヶ月間にアメリカ産の輸入は1000~1200万トン減少するとしている。アメリカからからすれは、対中輸出は3分の1以上の減少である。これはアメリカの全生産量の1割に相当し、アメリカの大豆産業には相当な打撃である(輸入量自体1400万トンと少ないEUが、そのなかでブラジル産に代えてアメリカ産を購入したとしても焼け石に水である)。

 しかもアメリカ産の価格も低下している。アメリカの大豆産業に深刻な影響を与えるという見方は、アメリカの大豆生産者に共有されていると言ってよい。

大豆生産を増やすブラジル、アルゼンチン

拡大地平線まで続く、三井物産出資の大豆畑= 2008年、ブラジル・バイーア州
 次に、日経の記事が指摘する中国の豚肉価格への影響であるが、豚肉は過去の生産過剰により価格が低落しており、当面消費者に影響はない。将来的に豚肉価格が上昇した場合でも、輸入すればよい。中国が制裁関税の対象としたのはアメリカ産だけであり、他の主要な輸出国であるカナダやEUからは今まで通りの条件で輸入できる。アメリカから輸入できなければ、これらの国からの輸入を増やすだけである。

 さらに重要なことは、この記事が考慮していない事実である。それは、今後のブラジル、アルゼンチンの生産だ。

 これら南半球の国は、これから春となる9月から12月まで、大豆の種付け時期を迎える。その大豆は1月から4月にかけて収穫される。

 ブラジルは今年過去最高の大豆の収穫量(1億1950万トン)を記録した。ところが、アメリカ農務省は来期のブラジルの収穫量についてこれを上回る1億2050万トンと予測している(2008年アメリカ産大豆の生産が減少し価格が上昇した際、この結果を見てから生産できるブラジルは、サトウキビ畑に大豆を植え付け、生産を拡大した。現在も価格が上昇しているので、アメリカ農務省の収穫予想を上回る可能性がある)。

 アルゼンチンは今年干ばつによる大不作を経験し、収穫量は前年の5500万トンから3700万トンに減少した。これをアメリカ農務省は来期には5700万トンに回復すると予想している。つまりアルゼンチンだけでアメリカ産大豆の中国への輸出減少分を上回る2千万トンの生産増加となる。

 つまり、関税によって中国の輸入価格が上昇しても、4ヶ月我慢すれば、中国は安い価格でブラジルなどから輸入することができるようになるのである。

時間が経つほどアメリカ農業の被害は拡大

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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