世界で戦うにはオープンとクローズの使い分けが不可欠だ
2018年08月27日
特許や商標、各種ノウハウなどの知的財産(知財)は、企業にとって利益の源泉である。
しかし、日本では知財を軽視する風潮が長く続いたせいで、企業の知財部門は弱体であり、戦略も十分ではない。「技術は優れているが、ビジネスで稼ぐのはヘタ」と言われる状況から抜け出すには、知財の活用が欠かせない。
最近、産業界で知財の「オープン&クローズ戦略」が話題になっている。自社の製品をオープンな領域とクローズ(閉じた)な領域に分け、オープンな領域では特許などの技術情報を他社に提供して製品の普及を促す一方、クローズな領域では技術情報を秘匿して独占的な利益をしっかり確保する。これを上手く組み合わせるのがオープン&クローズ戦略である。
インテルは自社が持つパソコン設計に関する特許をオープンにし、アジアの受託生産企業に無償で提供した。受託各社は競い合ってパソコン生産に励み、世界のパソコン市場は急拡大した。2016年にシャープを買収した台湾の鴻海精密工業は、その受託企業の1社である。
一方でインテルは、自社が生産するパソコン心臓部のCPU(中央演算装置)については、情報を完全に秘匿(クローズ)して受託生産企業に販売した。この結果、多くのパソコンにインテルのCPUが搭載され、パソコン生産が増大するほどインテルの利益が膨らむ構図が生まれた。
他社に技術情報をオープンするのは市場参入を促して市場を大きくするための誘い水である。その製品の中には自社しか提供できない部分を予め作っておき、そこに付加価値を集中させて利益を独占するである。
このようにインテルはオープンとクローズを使い分け、自社の強みを生かすことに成功した。今でも多くのパソコンに「intel inside」の青いラベルが貼られるほど、強い影響力を持っている。
こう書くと、日本企業でもマネが出来そうに見えるが、実は簡単ではない。
インテルの例では、CPU部門を稼ぎ頭にする戦略の陰で、パソコン設計部門は悪く言えば捨て駒にされている。それを経営戦略として冷徹に行えるかどうかが問われるのである。
日本の大企業の多くは各事業部門が原則として独立採算で成績を競っている。それぞれが将来計画を立て、その調和の上に経営者の統率力は成り立っている。このため経営者は、ある部門を犠牲にして別部門に脚光を当てるというドライな戦略は取りづらい。これが欧米とは異なる一般的な日本企業の限界である。
もう1点は、知財戦略を担うべき各企業の知財部門の弱さである。日本では伝統のある大企業ほど、大きい予算を握る事業部門が社内で強い発言力を持ち、知財部門は人材にも必ずしも恵まれず弱いという特徴がある。
キャノン元専務(知財担当)で弁理士の丸島儀一氏は「経営トップは本来なら、事業部門を超越して全社の知財と技術力を結集し、知財戦略を立てなければならないが、それができる企業はとても少ない。知財部門の仕事を単に特許の事務処理程度にしか考えていない経営者が多すぎる」と指摘する。
しかし、日本企業の中にも、少数だが、独自のオープン&クローズ戦略で成功を収める企業が出てきた。白色LEDのメーカー向けに窒化物系の赤色蛍光体を販売する三菱化学がその一例である。
赤色蛍光体は白色LEDがきれいな自然光を出すのに欠かせない化学素材。同社はその物質構成や製造法を「秘伝のタレ」と呼んで秘密にしている。その素材を世界のエレクトロニクス企業に売って白色LEDの市場を拡大させ、利益は素材の販売で稼ぐ。インテルがCPUで稼ぐのと同じ手法である。
昨年5月には、三菱化学は模倣品を作っていた中国メーカーに対する特許侵害訴訟で勝利した。同社は「知的財産の秩序が守られた。今後も他社が知財を侵害することがあれば、看過しない」とコメントした。
オープン&クローズとは別の知財戦略も紹介しよう。
2012~13年ごろ、米大手IT企業の知財戦略が正面からぶつかり合う場面があった。口火を切ったのはグーグルで、通信機器メーカーのモトローラを125億ドルで買収した。日本のメディアは「グーグルがいよいよ通信機器の製造に進出か」と書いたが、事実は違う。
グーグルが狙ったのは、
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