乏しい判断材料、国民の理解は得られていない
2018年08月31日
日本国憲法第9条に自衛隊を明記するという安倍晋三首相の「9条改憲」案について、国民の理解は得られていない。さまざまな世論調査から、それは明らかであり、石破茂・元自民党幹事長も指摘する通りだ。自衛隊明記で何がどう変わりうるのかという肝心の点を含めて、丁寧な説明や掘り下げた議論がないため、有権者は判断に必要な知識や情報が得られずとまどっているようだ。こんな現状を無視して国会が改憲の発議を急ぐとしたら、国民を分断し混乱に陥れるだけでなく、後世に禍根を残すことになるだろう。
昨年の総選挙で改憲を公約に掲げた自民党が圧勝したが、9条改憲については反対が根強い。その半面、社会保障など身近な問題に強い不安を抱き、政策による解決を求めていることも度重なる世論調査で明らかになっている。政治はこうした国民意識のありようと政策の優先順位を冷静に見つめ直さねばならないし、自民党総裁選でも、大いに議論されるべきだ。
「あなたは戦争放棄や戦力の不保持を定めた憲法9条を改正する必要があると思いますか、改正する必要はないと思いますか」という質問に対して「改正する必要がある」との回答は44%、「改正する必要はない」は46%だった(無回答10%)。拮抗しているなかで、9条改憲反対がわずかに多い。
だがこのあと、「憲法9条は第2項で陸海空軍その他の戦力の不保持と交戦権の否認を定めています。安倍晋三首相はこの規定を維持しつつ、9条に自衛隊の存在を書き加えることを提案しています。あなたはどう思いますか」という問いには、「9条の第2項を維持して、自衛隊の存在を明記する」40%、「9条の第2項を削除した上で、自衛隊の目的、性格を明確にする」28%、「9条に自衛隊を明記する必要はない」29%、という回答だった(他に無回答3%)。
第2項維持か削除かは別として自衛隊を書き加えることに賛成する人は半数を超えているように見える。すなわち単に自衛隊を書き加えるだけなら9条改憲といってもさほど問題ないかもしれないから反対しないという人も少なくないのかもしれない。また、質問には自衛隊明記が改憲案であるとの表現がないため改憲ではないと受け取られている可能性もありそうだ。ここでは選択肢が3つ置かれているため、回答が分散しがちになっている可能性もある。首相は2項の削除を求めていないのだから、2項維持のうえで自衛隊を明記する案について賛否を問う質問にしたら、結果はどうだったか。
読売新聞が3月から4月にかけ実施した「憲法に関する全国世論調査」(有効回答1936)でも、9条改憲と自衛隊明記について回答の「ねじれ」がみられた。
「戦争を放棄し、戦力を持たないとした憲法第9条を巡る問題について、政府はこれまで、その解釈や運用によって対応してきました。あなたは憲法第9条について、今後、どうすればよいと思いますか」という質問に対する回答は「これまで通り、解釈や運用で対応する」41%、「解釈や運用で対応するのは限界なので、第9条を改正する」38%、「第9条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない」17%だった(その他1%、答えない4%)。ここでは、9条改憲に賛成する人は少ない。
だが、これに続く「戦争を放棄することを定めた第1項については、改正する必要があると思いますか、ないと思いますか」の問いに対する回答は、「ある」15%、「ない」82%(答えない3%)。「戦力を持たないことなどを定めた第2項についてはどうですか」に対しては「ある」48%、「ない」47%(他に答えない5%)だった。ここでは、第2項について改正すべきだという考えの人が、先の質問で「9条改正」に賛成した人よりだいぶ多くなっている。
そしてさらにこのあとの「憲法第9条について、戦争の放棄や戦力を持たないことなどを定めた今の条文は変えずに、自衛隊の存在を明記する条文を追加することに、賛成ですか、反対ですか」という問いには「賛成」55%、「反対」42%だった(他に答えない人が3%)。
この調査から浮かぶのは、9条全体について聞かれて「変える必要はない」と答えた人の中にも、では具体的に「1項は?」「2項は?」「自衛隊明記は?」と聞かれると、改憲に賛成する人が出ているということだ。質問では、自衛隊を明記する案が改憲案だとはっきり示されていないこともあって、自衛隊を書き加えるだけなら「改憲」ではないかもしれないとか、その程度なら問題ないなどと考えて、賛成に回る人が増えた可能性もある。
朝日新聞が3月から4月にかけて郵送方式で実施した「全国世論調査」(有効回答1949)では、「安倍首相は、憲法9条の1項と2項をそのままにして、新たに自衛隊の存在を明記する憲法改正案を提案しています。こうした9条の改正に賛成ですか、反対ですか」という質問に「賛成」39%、「反対」53%だった。
共同通信や読売新聞の世論調査に比べ、自衛隊明記の改憲案に反対が多いのは、朝日新聞の質問でそれが「憲法改正案」であると明記したことも一因となった可能性がある。
毎日新聞が今年4月に電話方式で実施した「全国世論調査」(1142人が回答)でも、朝日と同様に自衛隊明記が「改正案」であることを質問で示し、さらに「自衛隊の位置づけが明確になる一方で、集団的自衛権の全面的な行使容認につながるとの指摘もあります」との表現も質問に盛り込んだうえで「この案について賛成ですか、反対ですか」と聞いた。回答は「賛成」27%、「反対」31%、「わからない」29%だった。「反対」理由で多かったのは「9条は改正すべきではない」だった。
一方、NHKが4月に電話で実施した「憲法に関する意識調査」(1891人が回答)でも朝日や毎日と同様、自衛隊明記は改憲案であると明示しながら質問した。「自民党は、憲法9条に自衛隊を明記する考え方を示しています。あなたは、憲法を改正して、自衛隊の存在を明記することに賛成ですか、反対ですか、それともどちらともいえませんか」という問いに「賛成」31.1%、「反対」23.3%、「どちらともいえない」39.7%だった(他にわからない、無回答5.9%)。ここでは、自衛隊明記が改憲案であると明示してもそれが反対多数に結びついているわけではない。また、NHKの従来の世論調査では9条改憲反対が賛成より多かったことを考えると、自衛隊明記なら問題視するような改憲ではないと考えた有権者がかなりいることをうかがわせる数字といえよう。
また、日本経済新聞が4月に実施した世論調査では、自衛隊を明記する案については「賛成」40%、「反対」41%で拮抗し、反対は3月調査の37%から増加。賛成は3月の47%から減っていた。
これらを全体としてみれば、調査主体や調査時期によって結果がまちまちとなるほど有権者は判断に苦しみ、賛否は拮抗しているように見える。
共同や朝日、読売などが9条改憲について賛否を二者択一で聞いているのと異なり、NHKの質問では賛否のほかに選択肢に「どちらともいえない」を加えており、この選択肢を選んだ人が最も多かった。このことは大きな意義を持つと考えられる。毎日も質問では賛否を聞いたが、選択肢に「わからない」を設けた結果、回答は3分された。質問形式は一般的には二者択一が望ましいかもしれないし、
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