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国連キャリア女性が決断した「介護休職」

学生時代からの夢だった国連職員。世界を奔走する彼女は一人っ子だった

岩崎賢一 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

拡大ケニア・ダダーブのソマリア難民キャンプ=2011年撮影(箱﨑さん提供)
 2016年8月、通信環境が悪いエチオピアにいる箱﨑さんとSNSがつながった。箱﨑さんの了解を得て一部公開すると、このようなやりとりがあった。

箱﨑さん「真面目に、、、転職活動中です。。。」
私「エチオピアは、任期満了ですか?」
箱﨑さん「いえいえ、まだまだいられます。いたければー」
私「UNHCRから外れて転職ですか?」
箱﨑さん「恐らく。場合によっては日本の民間企業です」
私「お体に気をつけてご活躍下さい」
箱﨑さん「いずれにしても自分の手術で日本に一時期国します。親の介護問題等、国連じゃ厳しいことが多くてー。ましてアフリカですとね」

 このやりとりの5カ月後の2017年1月、箱﨑さんは、エチオピアの任期を1年半縮めて離任し、日本に帰国した。「母親の介護」という理由が、組織に正式に認められたためだ。

「ここ数年は、1年に2回以上、日本に戻ってきていましたが、母の病気の進行や身体の状況をみると、私にとっての3カ月は母の1年以上というような衰えの速さを感じました」

 今、父親は82歳、母親は79歳。

 2011年にケニアから一時帰国した際は、病を抱える母親の負担を考え、両親が住み慣れた地域からそれほど遠くない東京郊外の駅に近いマンションを箱﨑さんが購入し、両親を住まわせた。

「これで10年ぐらいもつかな」

 こう考え、4年半のケニアでの任期を終えた後、2014年に一つ上のポストでエチオピアに赴任した。

 経済成長著しいエチオピアだが、UNHCRの仕事は難民支援。ソマリア、エリトリア、スーダン、南スーダンから流入する難民の支援のため、国境付近の難民キャンプへ出向くことも多い。ケニアでも、南スーダンやソマリアからの難民支援をしていたが、エチオピアで仕事をしていく中で、心境の変化があった。

「この頃からですかね。日本に帰らなくてはいけないかなと思い始めました」

 理由は、ケニアと比べて日本と容易に電話がつながらず、何かあった時に日本に帰国するのにも時間がかかるためだ。「スカイプがあってないような世界」と言うように、テレビ電話を通じて表情を読み取ることも難しい通信環境は、ストレスがかかった。

母は「自分たちの犠牲になることはない」と言うが…

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筆者

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき けんいち) 朝日新聞バーティカルメディア・エディター

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで医療や暮らしを中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当、オピニオン編集部「論座」編集を担当を経て、2020年4月からメディアデザインセンターのバーティカルメディア・エディター。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)。 withnewsにも執筆中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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