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東南アジア流贈収賄と日本企業

「信用」「信頼」と「施し」「お礼」の連鎖。隘路に陥る日本企業

佐藤剛己 ハミングバード・アドバイザリーズ(Hummingbird Advisories)CEO

日系商社などが開発を進めるミャンマーのヤンゴン市内=2018年3月5日日系商社などが開発を進めるミャンマーのヤンゴン市内=2018年3月5日

贈収賄がはびこる東南アジア

 日本企業が近年、海外市場として力を入れる東南アジアは、贈収賄の悪弊が甚だしい場所でもある。本当に「悪」弊かどうか、立場により議論が分かれるが、自己の利益のために相手を金品で買収する行為であることに変わりはない。

 相手が公務員であれば金品は賄賂、民間人であれば商業賄賂と言われる。公正さを捻じ曲げる行為で百害あるものの、利も1か2はある。だから世界中で賄賂はなくならない。東南アジアでの利は10か、20か。

 グローバル企業がアジアのマーケットをどう見ているか。典型例を、今年4月に米司法省から摘発されたパナソニックの米国子会社「パナソニック アビオニクス」(以下「アビオニクス」)に見ることができる。

 アビオニクスは旅客機用エンターテインメントシステムを運航会社に販売するなかで、中東やアジア地域で「外国公務員」相当の人物に対し、外部セールス・エージェントを通じて贈賄したとして米国海外腐敗行為防止法(以下「米FCPA」)違反などで摘発され、親子合わせて総額約2億8000万ドルの制裁金(1億3740万ドルの司法省向け刑事罰金と1億4300万ドルの米証券取引委員会向け罰金)を支払うことになった。

 この事案が示唆的なのは、アビオニクスが欧米地域では贈収賄慣行を避けるため外部エージェントの起用を禁じていたが、中東、アジア、中国では起用を認め、官への贈賄を許容していたことだ。

徳の施しは惜しみなく、お礼も寛容

 東南アジアに関して、実態が垣間見える事例を紹介する。

 この夏、家族の一人が急きょ病院に入らねばならない事態となった。シンガポールの知人を頼り、国立シンガポール総合病院で専科部長をしていたという腕利き先生に、24時間も立たないうちにたどり着いた。

 ところがこの先生、知人の「職場の友人の義理の姉のツテ」で、知人との間には、日本ではとても恐縮してしまうほど距離感がある。知人と私はかれこれ15年以上、家族ぐるみの付き合いだが、お世話されることはあっても、先方にお世話したことは一度もない。平身低頭にお礼を伝えると、「もし私が同じ目にあったら、あなたならなら同じようにしてくれると信じているからやるまでだ」と、叱咤(しった)が返ってきた。こちらの人が良く口にする「徳の連鎖」である。

 別の知人に、元シンガポール捜査当局者がいる。彼いわく、「東南アジアの人々は所属組織より個人同士の信頼をベースに動く。信頼があれば助けてあげようと思うし、後になってお金が絡むこともある。僕と君もそうだ。今日は君の奢(おご)りだけど、次回は僕の番って、なんとなく決まってる」。

 それと贈収賄とどう関係があるのか。「二人に信頼関係が成り立っているということさ。信頼をお金で買う、対価で売るから贈収賄になる。お金は何かのお礼であって、その逆ではない。お金である必要もない。君に何かがあれば僕はこの国で君を助けるし、逆になれば君が助けてくれると信じている」。

 信頼関係があれば徳の施しは惜しみなく、そのお礼にも寛容。こういった場面はバンコク、ハノイ、プノンペン、ヤンゴンなど至る所で出くわす。

問題はビジネスでの行き過ぎ

ミャンマーのヤンゴンのコーヒーショップでは平日昼間から子どもたちが働いている=2016年8月24日。筆者提供(本文とは関係ありません)ミャンマーのヤンゴンのコーヒーショップでは平日昼間から子どもたちが働いている=2016年8月24日。筆者提供(本文とは関係ありません)

 問題は、ビジネスの随所に行き過ぎがあることだ。二番目の知人が在職中に何度も足を運びながら、プライベートでは行きたくないという国がカンボジアだ。理由の一つは金への汚さだ。

 「政府レベルの贈収賄も、街場のワイロも、とにかく嫌だ」と、文字通り吐き捨てるように言う。日本企業関係者からも似た話を聞く。役人に会おうとすると、間に入るエージェントから金品を要求される(日本政府関連の業務で来たことを告げると、金品要求はまずないそうだ)。

 同じカンボジアで、「国の増収賄の温度感を知りたい」という顧客の依頼で大規模ヒヤリングのプロジェクトを組んだ時に、興味深い話を聞いた。東南アジア某国の地場の超大手企業が、カンボジア進出の下準備としてトップクラスの政治家に面会した時のこと。「この国に投資したければ10%をまず俺に持ってこい」と言われたそうだ。その後、この企業は当面カンボジアに出ないことを決めた。

 巨額投資をした日本メーカーの話もある。「これだけの投資をしたのだから、政府には他の同業企業を誘致しないようねじ込んだ」と、担当者は周囲に豪語したらしい。無償でねじ込めるわけがない。

 いずれも真偽は不明だが、贈収賄の問題が数年で解決するレベルではないことは分かる。何しろ、インフラの起工式で政府首脳が職工さんたちに米ドルを現金を配る国なのだ。

 贈収賄のあり様は国ごとに異なる。カンボジアに比べるとベトナムは「制度化」されているし、インドネシアは法執行機関に信を置けないのが悩ましい。タイは軍政になって贈収賄がひどくなったとビジネスパーソンは異口同音、シンガポールもニュースを追うだけでも贈収賄とは無縁でないことが分かる。

日本人とは基準が違う

 行き過ぎと言っても、押し並べて言えば、日本人と東南アジア人では基準が違うように思う。東南アジア人にとって一つの境目は、金の出処にかかわらず手にした金品を仲間内で配るか、それとも独り占めするかにあるようだ。

 商業賄賂の不正調査をした時のこと、賄賂を受け取った会社のチームから端緒になる証言がまったく出ず、難渋した仕事があった。後で分かったのは、チーム関係者は全員で賄賂を平然と分配し、誰一人それを悪いお金という認識を持たず、また、もらえるのにやっかんでいる人もいなかった、ということだ。また、シンガポール警察はルール上、警察官にあらゆる金品授受を禁じているが、住民の中には善意から「紅包」(ホンパオ、お年玉みたいなもの)の受け取りを強要する人もいるらしい。その場合、受領した警察官はお金を国庫に入れることになっているそうだ。

 日本の企業コンプライアンス担当者が聞いたら、頭が痛くなるような話があちこちにある。

本社の指示と現場の板挟みで困惑する日本企業

テトの前祝い?ハノイのノイバイ国際空港の手荷物カウンターにはお土産が次々と流れた。贈り物文化は共通=2017年1月18日。筆者提供(本文とは関係ありません)テトの前祝い?ハノイのノイバイ国際空港の手荷物カウンターにはお土産が次々と流れた。贈り物文化はどこも同じ=2017年1月18日。筆者提供(本文とは関係ありません)

 こうした環境下でどうビジネスを進めるか、日本企業は困惑しているように見える。本社はコンプライアンス遵守を宣言し、米FCPAや英贈収賄防止法(以下「英UKBA」)の社則導入を支援する弁護士事務所は、当然のように「やってはいけません」という。板挟みになるのは現地法人、あるいは現場の社員だ。

 東証一部上場、製品名を聞けば誰もが知るメーカーの在シンガポール法務担当者から急な呼び出しを受けたことがある。インドネシア現法駐在員が現地社員と結託、政府納入を巡り贈賄を働いた疑いがある、という。担当者数人と一緒に緻密なプランを立てて社内調査に入ろうとした矢先、作業は取りやめになった。シンガポール法人代表からOKが出なかったのだという。

 その後、駐在員はお咎めなしのヨコ異動、現地社員には穏便に退職を願ったという。あとで担当者から「お礼とお詫(わ)びに本社の役員を紹介します。だから今回のことは言わないでください」と懇願された。本社に相談していなかったのだ。話はそれるが、欧州の医療系メーカーが汚職の酷(ひど)さを理由に、インドネシアから本社主導で部門撤退したのとは、あまりに対照的だ。

 今年7月に明らかになった三菱日立パワーシステムズ(MHPS)のタイでの贈収賄事件は、2015年にMHPS社員がタイの業者を通じて公務員に贈賄したことを立件された。日本で外国公務員への贈賄を禁じた不正競争防止法の司法取引初適用で、贈賄実行者の社員は訴追され、法人は捜査に協力して摘発を免れた。本社の代わりに個人が詰め腹を切らされた印象が拭えない。

 それでも日本企業は、アジア系企業に比べると、贈収賄を含むコンプアイアンス・レベルは圧倒的に高い。ただ、本社のかけ声の割に現場が疲弊しているのだ。

ビジネスの勢いは他国企業に軍配

 一方、ビジネスの勢いは他国企業の方に軍配が上がる。賄賂を駆使しているから、とは言い切れないが、片鱗を見ることはできる。

 陸のASEANに位置するある国は、財政が逼迫(ひっぱく)して外国からのインフラ事業投資に政府保証を出しづらい状況になっている。日本政府も含めて内々に策が検討されているらしいが、一線を画す中国は「インフラ事業で中国企業を起用してくれたら、投資に政府保証は要求しない」と迫っていると聞いた。この国にはタイ政府も、タイ民間企業への国有資産売却の見返りに、インフラ投資を約したとも言われる。こうなると政府ぐるみの贈賄行為だ(実は政府の特定省庁間をつないでかすみを取るコンサルタントも多い)。

 半面、日本の証券会社某国トップは「いい案件だと思って紹介しても、コンプライアンス懸念から手を出さない日本企業が圧倒的に多くなった。で、中国と韓国が買っていく。無駄打ちが多くなった」と嘆く。

日系企業が集中するベトナムのハイフォン工業団地=2018年3月2日日系企業が集中するベトナムのハイフォン工業団地=2018年3月2日

実効性ある対策は可能か?

 経営透明性の低い域内財閥企業に加え、重商主義を駆使するかのような域外各国と戦わねばならないのが、いまの日本企業の立場である。間隙(かんげき)を縫うように、賄賂の正当性を解く日本人コンサルタントの「檄文(げきぶん)」を見ることもあれば、賄賂を斡旋(あっせん)する日系海外進出支援業者も少なくない。ある日本大使は日本企業に「中国、韓国に負けないよう、企業はもっと撒くものを撒かねばいかん」と怒っているそうだ。贈賄を外部関係者に推奨する大使はいかがかとは思うが、やり場のない怒りにも無理はない。

 在京弁護士が中心になって2年ほど前、「海外贈賄防止委員会(Anti-bribery Committee Japan)」(ABCJ)ができた。「本音の議論」を旗印に、問題の共有の場を作り、深刻度を周知させるのが狙いだ。そこから企業向けに実効性のある対策立案を狙っている。課題は企業の具体的な問題や本音をどこまで引き出せるかのようだ。

 自由経済を標榜する日本政府はどこまで手を打てるだろうか。「政府がなんとかしてくれないかなあ」との民間企業家のぼやきを横目に、霞ヶ関からは、「インフラか自動車でも関わる話にならない限り、個別案件で日の丸が出て行く訳にはいかない」(通商関係者)との声が聞こえるだけ。状況を憂う声は経済産業省でも少数派。まして米国のように出先大使館の法務省関係者が企業と意見交換したり、反贈収賄促進の旗を振っているという話は聞いたことがない。

欧米ルールの押し付けには限界

 前述の二番目に紹介したシンガポール人は、かつて米FCPAや英UKBAのシンガポール版を域内で普及させる立場にいた。今、考えを反転させている。「民間に出てきて良く分かった。欧米ビジネスの連中は、アジアで主流の信頼ベースのビジネスを分かっていないから、自分のルールを押し付けるだけ」と、反贈収賄の動きを切って捨てる。東南アジアでの、欧米ビジネス対する典型的な本音だろう。

 贈収賄については2016年2月、「『Asia Way』が通用する場面は少しずつ狭まっている」と書いた。しかし、贈収賄の原型が「信用」「信頼」と、そこに積み上がる螺旋(らせん)状の「施し」「お礼」の連鎖にあるとすれば、今は同じことを言う自信がない。

*ABCJは9月28日、ABCJ/GCNJ共催第1回腐敗防止年次フォーラムを開催します。7月に行われたインドネシア汚職撲滅委員会(KPK)との意見交換結果などが披露される予定です。