定年後「10万時間」の使い方を考える
2018年09月17日
総務省の『社会生活基本調査』は、1日の生活時間を1次活動(睡眠、食事など生理的に必要な活動)、2次活動(仕事、家事など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動)、3次活動(これら以外の各人が自由に使える時間における活動)の3つに分類している。近年の生活時間の変化の特徴は、2次活動が減少し、3次活動が増加していることだ。
戦後の高度経済成長は長い労働時間によって支えられ、人々は趣味や娯楽、スポーツや旅行、学習や社会参加等の3次活動を行う時間は少なかった。しかし、社会が成熟化するとともに労働時間は短くなり、自由時間は長くなった。これまで余った時間だった「余暇」は、生活を豊かで潤いあるものにするための貴重な時間になった。
戦後まもなくは「人生50年」時代と言われてきた。結婚し、子どもを生み・育てる人口の再生産が済むと人生の大きな役割が終わった。その結果、その後の人生は余った人生「余生」と呼ばれた。今や日本は世界有数の長寿国になり、「余生」と考えられてきた期間は長く、それは決して人生の「余り」ではないきわめて重要な人生の収穫期になった。
厚生労働省『平成28年簡易生命表』によると、65歳の平均余命は男性19.55年、女性24.38年だ。おおよそ男性は85歳まで、女性は90歳まで生きられる勘定になる。65歳以上の3次活動時間は男性が9時間11分、女性が7時間44分だ。65歳で定年を迎えた男性は、その後の寿命を迎えるまでの20年間に6.7万時間の自由時間を有するわけだ。
一方、日本の2015年の一人当たり年間総実労働時間は1,719時間だ。20歳から65歳まで45年間働いた場合、生涯労働時間は7.7万時間になる。それと比べても男性の定年後の自由時間がいかに長いかがわかる。定年後を幸せに生きるためには、健康やお金の問題に加えて、あらたな人間関係についても考えることが必要になるだろう。
定年後の暮らしで大きく変わる点は、「名刺のない暮らし」が始まることだ。重松清著『定年ゴジラ』という作品に、退職したばかりの男性ふたりが挨拶するシーンがある。『二人は同時に上着の内ポケットに手を差し入れた。しかし、ポケットの中にはなにも入っていない。もはや名刺を持ち歩く生活ではないのだ。二人は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべた』(「定年ゴジラ」講談社文庫、2001年)。
名刺には自分の名前のほかに勤務する企業名、所属部署、役職、連絡先など、少なくとも自分を語る上で最小限の重要な情報が書かれている。この小さな紙片を交換することで、お互いの社会的位置関係を把握し、コミュニケーションが始まる。しかし、定年退職後はたった一枚の名刺がなくなったことで、会話の糸口さえ見いだせなくなる人もいる。
少子高齢化が進展し、定年後の退職者の役割はまだまだ大きい。長寿社会における定年後の長い高齢期には、「名刺のない暮らし」の「生き方」が求められる。定年後は「会社」のためから「社会」のためになる自己の「活き方」が大切だ。それが人生の幸せな最期を迎える「逝き方」にもつながるのではないだろうか。
人生の最期に備える「終活」がブームだ。大型書店にはエンディングノートのコーナーがある。葬式、墓、遺産相続、生命保険など死後に対処が必要な項目を整理したり、生前の遺影撮影、認知症など介護への対応、延命治療の要否を考えたりするなど、さまざまな終活内容が記載できる。「終活」は人生の最期を前向きに生きるための「老い支度」なのだ。
「終活」ブームの背景には、
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