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経済記者が見る総裁選「アベノミクスを争点に!」

国民が一番期待する政策テーマは「社会保障」である。石破氏はなぜそこを突かないのか

原真人 朝日新聞 編集委員

自民党総裁選で石破茂元幹事長(右)と討論する安倍晋三首相=2018年9月14日、東京都千代田区の日本記者クラブ

「社会保障」と「財政健全化」を語らない総裁選

 これほど盛り上がりに欠ける自民党総裁選は記憶にない。

 安倍晋三首相の1強で結果が見えているからだといってしまえばそれまでだが、これまでだって下馬評が裏切られる総裁選などいくらでもあった。勝てないまでも予想以上の善戦にもちこみ、選挙後の政局に一定の影響力を行使できるようになった候補者もいた。うまくいけば「次の次」の本命とみなされることだってある。総裁選には勝敗にかかわらずいろいろな見どころがあるものだ。

 今回挑戦する石破茂氏にも「望ましい負け方」のようなものはあるはずだ。どう闘ったかによって今後の総裁候補としての位置づけが決まるだろう。見どころがないわけではないはずだ。

 それでもこの総裁選がつまらないのは、国民の関心が高い重要問題を本気で論じることを2人の候補が避けているためではないか。

 それは社会保障の未来と、それに必要不可欠な財政健全化である。

 9月18日付の朝日新聞経済面コラム「波聞風問/自民党総裁選 現実知りたい国民、見せぬ政治」でとりあげたこの問題を、ここではさらに掘り下げて考えてみたい。

財政を論じる気のない安倍首相、迫力を欠く石破氏

 安倍首相と石破氏は先週末の日本記者クラブでの公開討論会のあとも、テレビ報道番組などで相次いで論戦を続けた。そこでは安倍首相支持派議員による石破派所属の斎藤健農林水産相への圧力問題をめぐって、一瞬火花を散らす場面はあったものの、全体としてはお互い本気で追い詰めることのない低調な論戦だった。

 もともと安倍首相に財政問題を本気で論じる気などないだろう。財政の現状に強い危機感などないからこそ消費増税の2回の延期をしたのだし、日本銀行に異次元緩和をやらせ、事実上の財政ファイナンス状態に持ち込んだのも首相自身だ。いまも「アベノミクスはうまくいっている」との立場を変えておらず、財政問題や金融政策についての質問が出ようと、たいした答えがでてこないのはわかっていた。

 問題は挑む側の石破氏である。

 首相に反旗を翻せば露骨に干される今の自民党にあって、総裁選に出馬し、婉曲的にではあっても首相のやり方を批判する石破氏はかなり勇気のある政治家だ。ただ、昨年夏、森友・加計問題をへて首相の支持率が急降下していたころの石破氏の発言を思い返せば、最近の発言がかなりオブラートに包まれたものであるといわざるをえない。

「反アベノミクス勉強会」はどこへ

 昨年夏といえば、アンチ安倍の機運が自民党内で頭をもたげていた時期である。

 日銀の異次元緩和による財政ファイナンス依存、借金財政に危機感を抱く自民党の財政健全化派の議員たちは反アベノミクス勉強会を立ち上げていた。野田毅氏、村上誠一郎氏を中心にした派閥横断的な会だ。

反アベノミクス勉強会には野田聖子氏、中谷元氏、野田毅氏、村上誠一郎氏らが出席していた=2017年6月15日、国会内
 初回の5月会合こそ出席者数は少なかったものの、2回目となる昨年6月15日に開かれた会合には、共謀罪法をめぐる国会審議で徹夜あけにもかかわらず、議員40人ほどが集まった。もともとメンバーに名をつらねていた野田聖子氏や中谷元氏に加え、石破氏や額賀福志郎氏ら派閥の領袖も姿を見せた。

 石破氏は会合後に記者団に囲まれ、「これから日本が迎える状況は極めて危機的。言うべきことを言わないのは自分の取るべきやり方ではない」と語っていた。

 その1カ月ほど前には、石破氏は日本記者クラブでも講演している。石破氏ははっきりアベノミクスの危険性に言及。日銀の異次元緩和の出口問題について記者から問われ、次のように話した。

「(現在の政策をずっと続けたら)必ずどこかで破綻がくる。そうでないとおかしい」「出口でハイパーインフレにしてはいけない」「(日銀が目標としている)ゆるやかなインフレって何なのか。実現した例を知らない。コントロールが難しい。インフレとは庶民から資産家への富の移転だ」「戦争を起こし、ハイパーインフレでチャラにすることは絶対にやっちゃいけない」

 さらに、物言えば唇寒しの自民党の雰囲気を念頭にこんなことも言っていた。

「これはおかしくないかと誰も言わない自民党はこわい。大東亜戦争のときもそうだった。今がそれと同じとは言わないが、組織の中で批判がなくなるのは日本を幸せにはしない」

 その石破氏にしては、最近の総裁選論戦での物言いはかなり抑制的で、奥歯に物の挟まった言い方だと言わざるを得ない。アベノミクスを本気で批判しよう、国民になんとしても警鐘を鳴らさなくては、といった本気が感じられないのだ。

日銀が大量の紙幣を刷りまくり、政府の赤字を穴埋めしている

 石破氏が「大東亜戦争」を持ち出したのは、おそらく日本の置かれている財政事情が敗戦時に匹敵するほどのひどさだということを暗示したかったのではないか。

 日本政府が抱える借金は1000兆円をはるかに超え、国内総生産(GDP)に対する比率は230%を超えている。これは敗戦時に匹敵するひどさである。

 先進国でもダントツに高い比率だ。財政破綻して欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)から支援を受けているワースト2位のギリシャでさえ180%だ。

 ところが日本はギリシャのように目に見える債務危機には至っていない。年金も医療保険や介護保険も、いまも決められた通りに国民に払い続けられている。公務員給与が支払われず政府窓口が閉鎖するというような事態にもなっていない。そして毎年度の予算では、新たな巨額財政赤字をたれ流し続けている。

 こんなことが続けていられるのは、日本銀行が大量の紙幣を(電子データ発行も含めて)刷りまくり、そのお金で政府の赤字を穴埋めしているからだ。日銀は巨額の資金を株式市場にも供給しており、買い支えによって株価を高値で安定させてもいる。本来なら日本の財政悪化を警告する市場の警報装置は、いずれも機能していないのだ。

 こんな都合のよい政策がずっと続けられるのなら、納税者にとっても、投資家にとっても、これほど楽なことはないだろう。だがそんな打ち出の小づちは存在するはずがない。実際には、いつ財政破綻の坂道を転がり出してもおかしくないし、日銀資金の高げたを外せば株価が急落するのはまちがいない。国民生活の運命がかかるこれほどの重大問題が、総裁選の論戦からすっぽり抜け落ちている。これは驚くべきことだし、国民をバカにした話ではないか。

石破氏も「ポピュリズムの罠」に陥ったのか

 財政・金融政策の危険性を熟知している石破氏が、それを争点にしないのはなぜか。

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