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「カネの威力で9条改憲」も許すのか?

CM規制なき国民投票は民意を歪める

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

 もしも現行の国民投票法を手直しせずに憲法改正が国会によって発議され、9条改憲などの賛否を問う国民投票が行われるとしたら――。政党交付金や企業献金など資金量ではるかに優る改憲勢力がテレビCMなどの放送枠をはじめとする意見広告を買い占め、圧倒的なプロパガンダを展開して有権者に影響を及ぼし、「カネの威力による9条改憲」が実現しかねない。

 広告という情報・メッセージは、人びとにとって重要な判断材料である。まして憲法を巡る国民投票では、その命運を握る可能性がある。改憲派がカネにものを言わせて買い占める意見広告の津波が国民の認識・判断と投票行動を左右し、勝敗が決するとなれば、それは「カネで買われる憲法」への悲劇的な転落であり、「改正」に名を借りた破壊ではないだろうか。

 そんな事態に陥らないようにするためには、改憲案への賛成または反対を呼びかけるテレビやラジオのCMなど意見広告の放送を野放しにするのではなく規制し、公正で公平に意見をぶつけ合う言論環境を整備することが欠かせない。ところが、日本民間放送連盟(民放連)はCMの量的自主規制をしない姿勢だ。「政党などの表現の自由を制約したくない」との理由からだが、カネと権力で広告枠を占拠して反対派の意見広告の機会を奪ったり大幅に減らしたりするような事態になれば、巨大政党としての自民党の自由と引き換えに、国民の表現の自由と知る権利は著しく損なわれてしまう。

 経済分野では、自由で公正な市場競争を担保するために独占禁止法と公正取引委員会が存在する。それと同様、言論活動の分野でもテレビ局や広告大手と組んだ政財界などの強者が意見広告市場を牛耳るといったことがないよう、フェアな仕組みの創出が求められる。この問題では、まず国民的な議論が必要である。

テレビをつけたら改憲CM一色、という事態も

「国民投票のルール改善を考え求める会」の会合で話しあう国会議員たち=2018年6月14日、東京・永田町の参院議員会館
 世論調査で見る限り、多くの国民は憲法改正を当面の課題とは考えていない。しかし安倍首相らが前のめりでいる以上、9条改憲などの賛否を問う国民投票が行われる場合の問題点については十二分に検討しておかなくてはならない。

 首相は、憲法9条に自衛隊の存在を明記する改憲案に対する賛否を国民に問う意思を表明してきた。国民投票法では、改憲の発議後60~180日以内に国民投票を行うとされている。投票日の2週間前からは賛成や反対を呼びかけるCMは禁止され、国会が設ける国民投票広報協議会が賛成、反対両派に意見広告枠を無償で割り当てる仕組みだが、それまでは広告・宣伝活動にどれだけお金をかけても構わないし、いくら使ったかの報告義務もない。しかも勧誘ではなく、有名人を使って「私は賛成します」などと賛否を言わせるような意見広告なら、投票当日まで流せることになっている。視聴率が高い時間帯のCM枠確保や有名人の起用なども含め、資金量で勝る改憲派がはるかに有利で、有権者に強い影響を及ぼすとみられる。

 しかも、改憲側は情報力でも圧倒的優位にあり、国民投票のタイミングを事前にいち早く知って、関連団体などの名でCM枠を先回りして確保し反対派を実質的に排除することも不可能ではないとみられる。また、広告代理店と組んでテレビ局に働きかける力も自民党が圧倒的だ。野党は小党分立で賛否も分かれているうえにCM確保の戦略的発想すら乏しく、昨年の総選挙CMでも自民に完敗したように、改憲問題の広告宣伝戦略や放送枠の確保でも太刀打ちできそうにない。

 改憲反対の市民団体や労組関係者がいくらかは反対運動CMの資金を集めるとしても、政党交付金や企業献金など巨額の資金量を誇る改憲派には到底かなわないだろう。また、改憲発議や国民投票への反発などで反対派の準備の遅れは避けられず、CM資金集めや枠確保が後手に回る公算が大きい。実際には運動期間入りしてテレビやラジオをつけたら、ゴールデンタイムなどで改憲派のCMばかりという異常事態すら起こりうる。

 そうなれば、国民は反対派のCMを見る機会をかなり奪われる。情報量の著しい不公平のもと、国民の知る権利が制約され認識が歪められる中での投票となろう。その結果、国民の判断が相当な影響を受けるであろう。結局のところ憲法がカネの力によって左右されるという恐ろしい結果がもたらされかねない。

英仏は有料CM禁止、無料広告枠を提供

 英国では、国民投票時の有料CMは禁止している。そのかわりに賛成、反対それぞれの代表グループが制作した広告を、公共放送であるBBCなどが無料で公平に流す仕組みになっている。放送の長さや時間帯は選挙委員会が決める。投票運動の費用の上限が決められ、賛成・反対両派の代表的団体に対しては政府から資金提供もなされるという。新聞や雑誌広告の規制はない。

 フランスでも、国民投票における有料CMは禁止となっている。その一方、一定の条件を満たす政党などに公共放送での広告枠が無料で供与される仕組みだ。この場合、放送時間の長さは所属国会議員の数によって決まる。賛成・反対両派の広報活動は第三者機関が監視する。

 このほか、イタリア、スペイン、デンマークもテレビの有料CMは禁止(ただしイタリアは地方局では条件付きで可)。イタリアとスペインでは英仏同様に公的に配分される広報時間があり、そこで意見広告を流すことができる。一方、カナダでは国民投票の場合も日本と同様に有料CMが自由とされているようだ。米国やドイツには国民投票制度はない。

 本来なら、2007年に国民投票法を制定するときに英仏などの事例にならって、有料CMを原則禁止とし、国政選挙の政見放送のように時間帯を決めて無料の意見広告を流す方式を模索すべきであった。だがそうはならなかった。規制すると政治がメディアに介入することになるので、それを避けたいとする考えがメディアや学者の間にも根強くあった。弊害についてまともに議論されずに決まってしまったことについては野党やメディア、アカデミズムにも責任がある。

 この国の主権者が投票権を正常に行使できる条件を整えるためには、国民投票の期間中、賛否両論を公正かつ公平な方法で述べ合う機会を保証しなければならないし、その機会の平等をカネや権力で損なうようなアンフェアなやり方が認められていいはずがない。国民投票法を改正し、テレビやラジオの有料CMを英国やフランスのように原則禁止とするか、一定の枠内に抑えるようにすべきだ。同時に、

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