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たかが10秒されど10秒 アウディが見せた自信

自動運転レベル3に進むドイツ、日本も後追いで法規制緩和か

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

新発売されたアウディA8 55TFSI、総排気量2994cc、1140万円(アウディ社HPより)

自動運転時の事故の責任は車のシステムにある

 独自動車メーカーのアウディ(フォルクスワーゲン子会社)が今月15日、自動運転時に完全にハンドルから手を放して走れるレベル3(表参照)の車「A8」(写真)を発売する。「自動運転時の事故の責任は車のシステムにある」と踏み込んだ世界初の車である。

 もっとも日本は法規制でレベル2までしか認めておらず、「事故の責任は運転者」という立場を崩していない。このためA8はレベル3の技術を封印した上での発売となる。トヨタや日産、米テスラ、ドイツのダイムラーやBMWの量産車はまだレベル2にとどまっている。

ハンドル手放しでスマホをいじり本も読める

 ただ、A8はどこでも自由にレベル3で走れるわけではなく、「中央分離帯がある高速道路の交通渋滞で時速60Km以下のとき」という条件付きだ。運転席にあるAIボタンを押すと、「トラフィックジャムパイロット」と呼ぶ自動運転システムに切り替わる。

 A8の売りは、自動運転中に運転者はハンドルを完全に手放し状態にし、スマホをいじり、ビデオを見ても、本や新聞を読んでも構わないという、眠ること以外の自由度を与えた点にある。

 日本車でも自動運転のニュース映像が流れるが、運転者は常にハンドルに手を添え、前をしっかり見て、何かあれば速やかに(1,2秒以内に)自ら運転できるよう身構えている。自動運転時も含め責任は運転者にあるからだ。

 これがレベル2であり、自動運転といっても実質は自分で運転するのとあまり変わらない。車任せにできるレベル3の実現には高い技術の壁がある。

 アウディはこれを越えてきた。

自動運転から人の操作へ切り替えるのに10秒の余裕

 A8はどのようにレベル3を達成したのだろうか。

 前方を監視するセンサーはレーダーセンサー、超音波センサー、カメラ、ライダー(LiDAR:レーザー光を使ったセンサー)など6種類。仮にセンサーの一つが故障しても他のセンサーで機能を補う。

 センサーから得た数値や画像は、米エヌビディア社やオランダのモービルアイ社の部品を搭載した「zFAS」と呼ぶ集中制御装置で処理。車に発進、加速、ハンドル操作、ブレーキなどの指示をリアルタイムで出す。

 もし自動運転では手に負えないと判断すると、A8は運転者に自ら操作するよう知らせる。運転者はその合図を受けてから自分で運転するまでに10秒の余裕を与えられている。その間も車は自動運転を維持するので、運転者は落ち着いてスマホや本をしまい、運転の準備ができる。

 運転者が自動運転中に好きな時間の過ごし方ができるのは、切り替え時に10秒の余裕があるからだ。この10秒も含め自動運転時の事故の責任は車側が負ってくれる。アウディがレベル3に自信を持っていることが分かる。

ドイツはレベル3普及をにらみ道交法改正に乗り出した

 レベル3の技術が今後普及すると見たドイツ政府と連邦議会は今年、道路交通法改正案を可決した。レベル3の運転では自動と手動が混在するため、航空機のフライトレコーダーのような記録装置を車に備えることを義務付け、車側の責任と運転者の責任を明確に区別して立証できるようにした。

 いまアウディは同法に基づきレベル3で走る承認申請を政府に提出している。ドイツは官民挙げて自動運転を支援し、国民の世論調査でも支持率が高いので、A8はおそらく来年中にはレベル3でドイツの高速道路を走ることになるはずだ。

 親会社のフォルクスワーゲンやダイムラー、BMWもやがて追随し、日米メーカーを突き放しにかかるだろう。

 フォルクスワーゲンやアウディでは、3年前、排ガス規制の不正を組織的に行った事件が発覚した。筆者は経営が大打撃を受けると予想したが、実はたいした影響はなかった。今年上半期のフォルクスワーゲングループの販売台数は過去最高の約552万台で、前年同期を7.1%も上回っている。

 独メーカーの経営に詳しい専門家は「この経験を経てフォルクスワーゲンやアウディは、もしレベル3の自動運転でトラブルが起きても、経営的に十分乗り切れるという自信を深めたようだ」と解説する。

ジュネーブ条約とウィーン条約で異なる見解

 一方、日本はどんな状況になっているのか。

 国土交通省などが道路交通法や保険のあり方を検討しているが、肝心の「事故の責任」についての結論はいまだ出ていない。これはジュネーブ条約(1952年発効)とウィーン条約(1997年発効)という2つの国際条約の考え方が異なることに起因している。

 ジュネーブ条約は「自動運転システム搭載車でも運転の責任は運転者にある」と定め、日米などが批准。一方、ウィーン条約は「(一定の条件下では)自動運転システムに運転の責任を任せてもよい」とし、ドイツなど主に欧州各国が批准し、日米は批准していない。

 ドイツの道交法改正もアウディのA8開発もこのウィーン条約を根拠にしており、独メーカーで事実上の標準化(デファクトスタンダード)を確立し、世界の主導権を取ろうという狙いが読み取れる。

日本勢は90年代に挫折、トヨタは「FUN TO DRIVE」にこだわった

 日本メーカーがドイツ勢におくれを取った理由を考えてみたい。

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