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”減反廃止”でも米生産が増えない本当の理由

減反政策の本質は転作補助金。政府は今もそれでカルテルを維持しているのだ。

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 では、米の場合はどうか?

 経済学を最初に学ぶ人は、完全競争の理論から勉強する。完全競争とは、多数の生産者がいるので、個々の生産者が市場価格に影響を及ぼすことはありえず、生産者は全体の需要と供給によって市場で決まる価格を与件として行動する(生産量を決定する)という場合である。これは独占と対極にある場合である。

 そして、経済学の教科書では、完全競争の典型的な例として、農業が挙げられる。農業には多数の生産者がいるので、個々の生産者が市場価格に影響を与えることはありえない。200万の米農家がいることは、平均的な農家の供給量は市場全体の200万分の1しかないことを意味する。大規模といわれる100ヘクタールの農家でも、140万ヘクタールの米作付面積の下では、0.007%のシェアしかない。これらの農家が米の供給量を減らしても、米の価格は上昇しない。

 経済学が教えるように、市場経済では、米農家は市場価格の下で、自らのコストを考慮して利潤を最大化できる量の米を生産して供給するのである。市場経済の下では、農家が「高水準の米価を維持するために」米の生産を調整することはありえないし、できない。

 では、より大きな供給単位である産地がまとまって行動することはありうるのだろうか。

 このとき生産者は合計して一定の量以上の生産は行わないというカルテルを結ぶことになる。産地の単位として地域農協がまず考えられる。しかし、寡占の場合でもカルテルの形成は難しいのに、1農協当たり3千もいる米農家の間でカルテルが実現できるはずがない。仮にカルテルが作られても、全国に約700の農協があることからすると、個々の農協の供給量を農協単位でいくらまとめても市場価格には変化はない。

 では、都道府県単位ではどうだろうか?

 農家数が多くなるとますますカルテルの形成はできなくなるうえ、米産地の代表で最大の米作付面積を持つ新潟県でも、10万5千ヘクタールで全国の7.6%に過ぎない。とても市場価格に影響を与えられる規模ではない。

米は市場経済ではない

 つまり、市場経済の下では、米で農家がカルテルを作って米価を維持することはありえないのである。それでは、どうして産地が米価を維持するという記事が書かれるのだろうか。

 この記述自体は誤りではない。それは、米はまだ市場経済ではないからである。市場経済ではないから、カルテルによって産地が価格を維持できるのである。冒頭の記事の「減反が今年廃止され、農家は自由にコメを作れるようになった」という記述が、ウソなのである。

 簡単にいうと、この記事は、完全競争の下で、生産者は市場価格に影響を与えることができるという内容であり、経済学の基本を無視している。正確にいうと、完全競争という市場経済の状況にないから、生産者(団体)は米価を維持できると書くべきだったのである。

 江戸時代には、世界最初の先物取引である堂島の正米市場が作られたように、米は市場経済そのものだった。もちろん、小さな農家が米相場を左右するなどありえない。しかし、1918年に起こった大正の米騒動以降、政府が市場に介入して価格を操作するようになってから、市場経済ではなくなった。

 戦時経済となる1942年以降は、米は、食糧管理制度の下で、政府の完全な市場統制のもとに置かれるようになった。いわゆる統制経済で、市場経済の完全な否定である。

 平成まで続いた食糧管理制度の下で、政府が一元的に生産者から米を買い入れ卸売業者に販売していたときは、政府は統一された生産者価格で買い入れ、単一の消費者価格で売り渡していた。政府という独占的な買い手、売り手の下で独占価格が成立していたのである。それ以外の流通は、ヤミ米と言われ、終戦直後の食糧難時代には特に厳しく取り締まれた。

 しかし、食糧管理制度の下でも1969年自主流通米制度が導入され、政府を通さない流通が認められるようになり、さらに1995年食糧管理制度は廃止された。今は、制度的には独占価格は成立しない。

減反政策の基本は補助金交付

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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