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「GPA重視」が採用改革の王道だ

企業の「青田買い」で大学を壊すな

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

 いい人材を採用したい企業の競争が過熱して、学生たちが大学で落ち着いて勉強できない。そんな事態が、ますますひどくなろうとしている。就活解禁の時期に関する「指針」と呼ばれる紳士協定をなくす、と日本経済団体連合会(経団連)が9日発表したためだ。2021年春入社以降の学生を対象とする新たなルールを政府主導でつくることになりそうだが、このままだと、企業が学生に早々と内定や内々定を出すいわゆる「青田買い」の傾向は強まるばかりだ。その結果、3年生のうちに実質的な内定を受ける学生がぐっと増えるに違いない。そうなると、企業からも学生からも大学での学業成績は軽視され、日本の大学生は勉強不足で世界に知られる、ということになりかねない。

 ミクロ的には合理的ともみえる行動が集積されると社会全体に失敗をもたらす事態を、経済学で「合成の誤謬」と呼ぶが、それを地で行くような悲喜劇である。この問題を解決するには、もはや採用解禁時期の調整といった小手先の改革ではなく、大学で学んだことをきちんと評価する学業尊重の採用方式へと転換すべきであり、GPA( Grade Point Average、成績評価の平均値)重視をその柱に据えるべきではないか。

採用前倒しへの不安

企業の合同説明会に集まった学生たち=2018年3月1日、福岡市中央区
 経団連の中西宏明会長は9日の定例記者会見で、新卒学生の採用選考に関する指針について、現在の2年生が対象となる2021年春入社組の採用から廃止すると発表した。経団連の採用指針は、会社説明会や面接の解禁時期などを定めてきたもので、現在は3年生の3月に説明会を解禁し、4年生の6月に採用面接などの選考を解禁するとしている。

 ところが、外資系をはじめ経団連に加入していない企業はこれに先回りして選考を進めてきたほか、加入企業の中にも指針を守らないところが増え、指針の形がい化が進んできた。

 大学や年度にもよって違いはあるが、筆者の知る限りでは最近は6月までに内定が出ている学生が卒業予定者のざっと6~7割にも達しているようだ。しかし、指針が廃止されれば企業による採用前倒しがさらに激化し、自由に真理を探究する学問の府としての大学でじっくり学ぶ機会が失われてしまうのではないか、という危機感が大学側には強い。このため、今後は政府が21年入社組以降の指針を検討するとみられる。

 しかし、かりに政府が新たな指針を打ち出すとしても、空洞化に歯止めはかからず、学生の奪い合いは激しさを増すだろう。政府がどう言おうが、何もないよりはましという程度の効力しか期待できないのではないか。採用選考がますます前倒しになってゆく状況にどう対処すべきか、教員や学生の間で不安が強まりこそすれ、弱まるはずがない。

 早い時期に採用内定が出ることは、いちがいに悪いことばかりではない。ある程度までなら、内定後に卒業論文の執筆に打ち込む時間的余裕ができるという利点もある。過去には、面接解禁が大学4年生の8月に繰り下げられたため就活が長引き、なかなか卒論の執筆にかかれない学生が目立ったこともあった。それに比べれば現行の6月解禁は決して悪くはない。

 しかし、すでに相当空洞化している指針がなくなったり、採用ルールが極度に形がい化したりしていくと、弊害がきわめて大きくなる。今年の夏、3年生たちは企業のインターンシップ(体験就業)に積極的に参加する姿が目立った。なかには、複数の企業のインターンシップに挑もうとしてかなりきゅうくつな夏休みとなった事例も見受けられた。インターンシップは本来、学生に仕事を経験する機会を提供するのが目的で、どの企業も「採用とは無関係」をうたっているが、実際には無関係ではない事例が目立ち、採用ルールの形がい化につれて、採用と連動するタイプのインターンシップが増えてゆく可能性がある。

 その延長線上に、たとえば3年生のうちに内定が出るようなことが当たり前になってしまうと、学生たちは今以上に学業に集中できなくなる。まともに授業に出るのは2年生まで、といった事態も起こりかねず、そうなってしまうと日本の大学生のレベルが全体として低下するのは避けられない。青田買いという過当競争の結果がブーメランのように企業自身に降りかかり、ろくに学んでいない学生たちを引き受けざるをえなくなるだろう。

学業尊重なら成績評価をもっと

 大学できちんと学んだ学生を採用したいなら、企業は採用選考にあたってGPAをもっと活用すべきである。GPAは、講義科目ごとにA、B、C、D、F(不合格)の5段階で成績評価をする場合、A=4、B=3、C=2、D=1、F=0と数値化して計算した平均値だ。欧米への留学の場合に学力総合判定の基礎資料として使われる。国内の大学院に進学する際の判定材料にもなる。

 科目ごとの成績評価は単に期末試験やレポートの出来栄えで決まるわけではない。大学や学部・学科、講義ごとに比重は少しずつ違うが、出席回数や授業での積極姿勢、「リアクション・ペーパー」(講義の感想など反応を書く)からわかる理解度などを教員が総合的に判断している。学生の勉強ぶりと成果を全体として評価する物差しとしてGPAは役に立つ総合指標である。

 ところが不思議なことに、企業による採用の現場では、成績表の中身は軽視されているようだ。多くの企業はGPAによる学業成績を採用判断の重要な指標とは考えていない。どちらかといえば、面接で質問に要領よく答える能力や、クラブ活動など学業以外の活動実績が「リーダーシップ」や「がんばり」といった観点から評価される傾向がある。まじめに勉強しても、面接で自分をうまく表現できなかった学生が損をする結果が見受けられる一方、ろくに授業に出なかった学生が要領よく教員に甘えてなんとか単位をもらい、有名企業に合格しているのを見かける。採用担当者はいったい何をもとに評価しているのだろうかと、残念な気持ちになることもしばしばだ。

 企業の採用担当部長らに判断基準を聞いたところ、「コミュニケーション能力や、志望の本気度を重視している」「説明会などでよく質問したりしてこちらが名前を覚えているような学生が有利」といった答えが返ってきた。

 こうした現状では、

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