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国内の意見まとまらず、難航する英のEU離脱交渉

離脱日まで半年弱、与党も野党も国民も分裂状態のまま

小林恭子 在英ジャーナリスト

政権の分裂、与党の分裂

拡大首相案は「夢想の国の提案」とするリースモッグ議員の発言を掲載するデイリー・テレグラフ紙(10月3日付)
 2017年1月、メイ首相は英国はEUの単一市場からも関税同盟からも抜け出る、欧州司法裁判所の管轄下に入らないと宣言し、「強硬派」のラインを示した。

 しかし、政権内は割れていた。ジョンソン氏を代表とする強硬派がいる一方で、表向きは離脱派、心は残留派のメイ氏を中間の位置に置くとしても、ブレグジットの経済への悪影響を懸念し、なるべく現状に近いブレグジットを望むフィリップ・ハモンド財務相を含む数人のグループがいた。

 ブレグジットをめぐる内閣の分裂は、保守党内の分裂を反映していた。

 保守党は、過去数十年にわたり「欧州懐疑派」を内在する政党だった。

英国とEU そもそもの始まりから「離婚」に向かうまで

 1960年代、EECへの加盟を2度申請したが、そのたびにフランス・ドゴール首相の「ノン!」で拒絶され、ようやく加盟が実現したのが1973年。

 加盟後も欧州懐疑派勢力の息は続き、メージャー首相が現在のEUを設立した「マーストリヒト条約」(1991年に協議がまとまり、92年調印。93年発効)を主導すると、これに抗議して離党したのが、のちに英国独立党(UKIP)の党首となる保守党員ナイジェル・ファラージ氏だ。

 英国のEUからの離脱というたった一つの目的を持つ政党UKIPは、長年泡沫政党と目されてきたが、2014年の欧州議会選挙で保守党を抜いて第1党となったことで大きな注目を浴びた。「EUに加盟し続けるのか離脱するのか、国民投票をするべき」というUKIPの要求は草の根運動として広がり、キャメロン首相も無視できなくなった。これが2016年の国民投票実施、そしてキャメロン政権の崩壊につながった。

 メイ政権内の強硬派と穏健派の対立が大きく表面化したのは、今年7月だ。

 内閣内でまとめた離脱交渉案(首相の公式別荘チェッカーズで決まったので、「チェッカーズ案」と呼ばれる)に対し、これが親EUすぎるという理由でデービス離脱相、ジョンソン外相が抗議の辞任をしたのである。離脱担当自身が辞任とは、相当大きな衝撃である。ジョンソン氏は次期首相候補ともいわれ、党内で非常に人気が高い政治家だ。ほほ同時に主要閣僚を二人も失ったメイ首相の指導力に改めて大きな疑問符が付いた。

 党内には、筋金入りの強硬派ジェイコブ・リースモッグ議員が率いる「欧州調査グループ」(ERG)もある。50人から60人が所属しているとされ、ERGはメイ首相にチェッカー案の再考、つまりより強硬的な、きっぱりとEUとは縁を切ったブレグジット案を求めている。

 離脱決定後、UKIPはすっかりかつての勢いをなくしてしまったが、「完全に縁を切るブレグジット」を望む人々が集まったロビー団体「離脱は離脱だ」がその運動を次第に拡大しており、UKIPの党首を辞任したファラージ氏、デービス氏が決起集会で演説を行っている。今後の集会ではリースモッグ議員も演説予定で、市民を巻き込んでの強硬派勢力はメイ首相に絶え間ないプレッシャーを与えている。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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