メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

定年後のアイデンティティーを考える

過剰な他者承認を求めない「嫌われる勇気」も必要だ

土堤内昭雄 公益社団法人 日本フィランソロピー協会シニアフェロー

拡大地域の社会福祉協議会が開いた「サンタクロース講座」で、講師に習ってバルーンアートを練習する定年退職した男性たち=2017年11月、名古屋市中村区

「いいね!」求める社会

 現代社会では人間関係が複雑になるとともに、対人関係に悩まされる人が増えている。コミュニケーションが多様化し、新たな意思疎通の方法になじめない人もいる。SNSで常に他者とつながっていないと不安を覚え、ネットワークからこぼれ落ちることを心配する一方、気に入らなければ簡単に他者との関係を遮断してしまうこともある。

 近年、社員の対人関係を円滑にするための企業研修やメンタルヘルス講習に「アドラー心理学」が活用されている。特に他者からの評価を強く気にかける人にとって、アドラーの『ありのままの自分を受け入れ、他人の評価を気にしないこと』や『他者の期待に応えるために生きるのではなく、自然体で生きること』という教えは心に響くようだ。

 ベストセラーにもなった岸見一郎・古賀史健共著の『嫌われる勇気~自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイアモンド社、2013年)が説くように、他者の目を気にせず「嫌われる勇気」があればより自由に生きることができるだろう。ただ、社会生活を送る上で、人間は他者や社会から評価されることで生きがいを感じ、達成感をいだくのも事実だ。他者の評価が自己の成長を促すこともある。それは過信や狭い視野に基づく独善を反省したり、逆に自信の源泉にもなったりするからだ。

 現代社会は成熟し多様化しつつあるが、われわれのライフスタイルはそれにふさわしいものだろうか。多くの人が自分らしく個性的でありたいと願いながらも、本当は自信が持てず他者の目をひどく気にしながら生きていないだろうか。「いいね!」を求める社会の背景には、自己アイデンティティーの不在があるように思えてならない。

仕事とアイデンティティー

 SNSの「いいね!」にみられるような承認欲求が強い時代、他者の評価を過度に気にせず自由に生きるためにはどうすればよいのだろうか。自己アイデンティティーの形成は、中高年になれば仕事と深く結びついており、どんな仕事をして生きてきたのかは、その人のアイデンティティーを語る上できわめて重要な要素だろう。

 仕事は収入を得る手段に留まらず、個人の自己実現と密接に関わっている。かつて、労働は苦役だったが、義務としてではなく自発的に行う仕事は、それ自体が目的となり、手段ではなくなる。仕事を通じて自らの人生観や価値観を体現するライフスタイルは、収入を得るという価値を超えて、自己アイデンティティーの基盤になるものだ。

 一方、今日では仕事は単純に経済的手段と割り切り、余暇時間を個性的に楽しむ人も増えている。その人にとっては、仕事以上に余暇の過ごし方が自らのアイデンティティーになっているのだ。近年では働き方が多様化し、仕事と趣味の境界線はあいまいになり、時間的にも空間的にも区別が難しくなっていることも確かだろう。


筆者

土堤内昭雄

土堤内昭雄(どてうち・あきお) 公益社団法人 日本フィランソロピー協会シニアフェロー

1977年京都大学工学部建築系学科卒業、1985年マサチューセッツ工科大学大学院高等工学研究プログラム修了。1988年ニッセイ基礎研究所入社。2013年東京工業大学大学院博士後期課程(社会工学専攻)満期退学。 「少子高齢化・人口減少とまちづくり」、「コミュニティ・NPOと市民社会」、「男女共同参画とライフデザイン」等に関する調査・研究および講演・執筆を行う。厚生労働省社会保障審議会児童部会委員(2008年~2014年)、順天堂大学国際教養学部非常勤講師(2015年度~)等を務める。著書に『父親が子育てに出会う時』(筒井書房)、『「人口減少」で読み解く時代』(ぎょうせい)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

土堤内昭雄の記事

もっと見る