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最近まで採用部長だった記者が明かす就活最前線

企業も就活生も「選ばれる」時代へ。対等なルールが欠かせない

山口智久 朝日新聞オピニオン編集長代理

 

採用面接の受付に並ぶ学生たち=2017年6月1日、東京都渋谷区

就活生とイーブンな関係を目指して

 冒頭から私事で恐縮ですが、10月10日付で人事部採用担当部長から古巣の編集局へ異動しました。新しい職場であるオピニオン編集部は、さまざまな論を戦わせて公論を喚起させることを目指す部署です。

 私が異動した日の各紙朝刊は、経団連が新卒学生の就活スケジュールを示すルールづくりから手を引き、政府の議論に委ねることを報じていました。後任には申し訳ないですが、採用をめぐる環境が変わろうとする絶妙なタイミングで異動し、大変な時期に採用担当でなくてよかった~、と胸をなで下ろす心境です。

 とはいえ、公論を喚起する部署に席を置くからには、採用業務に携わった経験から、就活ルールをめぐる議論に一石を投じることも責務の一つではないかと考え、意を決して筆を執ることにしました。

 これから記すことは私個人の意見であり、必ずしも朝日新聞社の見解とは同じではありません。また、いまの弊社の採用業務には現職なりの方針があり、前職である私の考えとは異なることもあり得るのでご留意ください。

 私は2年半ほど採用を担当し、3回の新卒採用に関わりました。この間、心がけたのは、できるだけ就活生とイーブンな関係になろうということです。

 ありがたいことにマスコミ業界を目指す学生は、昔ほどではないのですが、それなりに多いことから、この業界の採用活動には「多少、強引なことをしてでも、優秀な学生を早めに囲い込もう」という雰囲気があります。そのため、同業他社の採用選考を受けさせないようにしたり、内定を出した学生に入社の決断を迫ったりという動きがあります。

 しかし、学生からすれば、これから長く勤めることになるかもしれない会社を吟味したいでしょうし、応募したとは言え、その会社のことを必ずしも理解していないことがあります。就活中は「とにかく内定を取ろう」と躍起で、内定を得た途端に「自分は本当にこの仕事でいいのか」と悩み出す学生もいます。こうした学生の悩みに寄り添うことなく、「他社を受けないと約束してくれたなら、内定を出します」「1週間後に入社を確約してもらわないと、内定を出せない」というように決断を迫るのは、あまりにも傲慢だと思います。

 私がこう考えるようになったのは、約25年前の自身の就活経験からです。

「あなたには職業選択の自由が憲法22条で保障されています」

 朝日新聞社から内定の連絡を受け、社を訪れた時でした。緊張しながら面談の席に着くと、当時の採用担当部長は「君の人生なのだから、ゆっくり考えるといい」と話してくれました。内定を得たら、何かと決断を急かす他社とは違ったので、何という寛大な対応だろうと感銘したのを覚えています。

 ところが1年後、新人記者として高校野球を取材していた時です。球場の記者席に設置された電話が鳴り、出てみると人事部の採用担当者でした。私を面談してくれた、あの採用担当部長ではない別の社員でした。「君の大学の後輩に内定を出したのだが、民放のテレビ局にも内定している。そっちを断るように説得してくれ」。昨年と対応とは、えらい違い。それほど親しい後輩ではありませんでしたが、電話でしばらく話をしてから「君の人生なのだから、ゆっくり考えるといいよ」と伝えました。結局、その後輩は民放のテレビ局に行ってしまいました。

 それから25年を経て、私は採用担当部長となりました。内定者との面談では「こちらとしては是非あなたに入社してほしいが、あなたには職業選択の自由が憲法第22条で保障されている」とまず伝えるようにしました。本当は、ほかの社を受けてほしくないが、あなたを止めることはできない。進路で迷っているのであれば相談してほしい、と話しました。

 内定者向けには、会社や仕事を知るさまざまな機会を設けました。ワークライフバランスが気になる学生には、子育てしながら働いている社員と話す懇談会を開きました。記者で入社すると最初の職場は地方の総局になるので、総局見学会も催しました。テレビ局の記者との違いが気になる学生には、テレビ局から転職してきた記者の話を聞かせました。

 これらのイベントはいずれも自由参加で、出席しなければ内定を取り消すというものではなく、授業やゼミがあればそちらを優先してほしい、と伝えていました。もちろん、こちらとしてはこうしたイベントへの出欠状況から、内定者が他社と迷っていないかどうかを把握するという狙いもありますが、内定者にはできるだけ弊社への理解を深め、納得したうえで入社してほしいという思いがありました。

 ただ、こうした努力も空しく、内定を辞退して他社を選ぶ学生もいました。私のこのような姿勢を「甘い」と感じている社内の人たちがいたかもしれません。でも、前述のような経験から私は「選ぶ権利は、企業だけでなく、学生にもある」「十分納得した上で入社してほしい」という思いでいました。

「学生の囲い込み」横行 

 できればほかの社も、応募者や内定者が他社の採用試験を受け続けることに寛容になり、どの道に進むかは彼ら・彼女らの選択に委ねほしいものです。ところが、実際は「早めに優秀な学生を囲い込み、他社を受けないようにさせる」という採用手法が横行しています。

 例えば、インターンシップから採用選考を始める会社があります。弊社の内定者から聞いた話では、ある会社のインターンに参加したら、採用選考に応募もしていないのに「面接体験」に招かれ、社員と数回の「面接体験」を重ねていったら、いつの間にか内定したようです。「他社には応募しないように」と念押しされ、内定を取り消されるのを恐れて、どこにも応募しなかったそうです。少し落ち着いてから知り合いに相談してみると、そうした念押しには法的な強制力がないことを知り、弊社の2次募集に応募してくれました。

 インターンで採用選考していると聞けば、就活生としては内定を得るチャンスとみて、すべてのインターンに応募するようになってしまいます。例えば、新聞記者という仕事を知りたいのであれば、ある新聞社1社のインターンに参加すれば十分です。ところが、採用に直結している新聞社のインターンがあったら、新聞記者になるためにそうしたインターンにはすべて参加しようとします。

 また、大学の授業がある学期中にインターンを開く会社が増えているようです。そうすると、授業やゼミを休むことになります。インターンを開くのは、大学3年の夏から4年の冬にかけてです。大学では専門課程が始まり、ゼミなどでは研究テーマを練り始める頃です。

 ある内定者によれば、厳しい選考を経て入った人気のゼミなのに、ゼミ生のほとんどがインターンに出かけて、誰もゼミに来ないということがあったようです。指導教官は怒りたいでところでしょうが、かわいい教え子の将来がかかっていると考えると、インターンへ行くのを止めるのもためらうでしょう。

 インターンが採用選考の場となると、参加者も気が気ではありません。弊社では、インターン中に採用面接はしていないのですが、インターン担当者から聞いた話によれば、インターン中に参加者たちと昼食をとっていたとき、「どうして新聞社に興味があるの?」と何げなく聞いたところ、空気が一変し、箸を止めてそれぞれ志望動機をはきはきと話し始めたようです。雑談中にも評価されていると思ったのでしょう。

誰も得をしない「内定拘束」

 内定者の就活を終わらせようとするハラスメント「オワハラ」は、この言葉が広がったおかげで随分減った感じはありますが、2年前にはこんなことがありました。

 ある受験者から面接の前日に電話があり、「申し訳ありませんが、他社に内定を頂いたので、明日の面接は辞退させてください」と話してきました。勤め先が決まった晴れがましさはなく、おどおどとした様子たったので、ピンときました。「そうですか、残念です。がんばってください」と告げて電話を切り、数時間してから、こちらから電話し直してみました。すると先ほど電話してきた時はやはり、他社人事部と面談中だったようで、内定を出す代わりに朝日新聞社に電話して明日の面接を断るように迫られたようです。本当は弊社を受け続けたいと話してくれたので、面接日を調整し、面接を受けていただきました。

 ほかにも、弊社の試験日や面接日を狙ったかのように、内定者の「研修」を開く社もありました。そうした「内定拘束」で弊社を含めた他社の採用選考を受けさせないようにしたつもりかもしれませんが、こちらは事前に相談があった受験者には別の日を設けて受験していただいていました。これを「拘束外し」と呼んでいました。

 こうした拘束をしても、手間とコストがかかる割には効果が限定的です。拘束外しなどで対抗する社にも労力が発生します。受験者にはストレスがかかり、職業選択の幅を狭めます。「内定拘束」によって、誰も得をしないのです。

 こうした態度を、消費者に示したらどうなるでしょうか。「他社商品を買おうとしているの? そちらとの契約交渉を打ち切れば、うちの製品を売ってやってもいいよ」「買うのか買わないのか。1週間内に決めてもらわないとほかの誰かに売っちゃうよ!」などと言うでしょうか。あるいは「商品体験会」に参加した客に、まだ申し込みがないのに売買契約書を勝手に作成し、「他社製品を買わないと約束してくれたら、あなたに売ってあげますよ」と言うでしょうか? しかも、「勤務時間中でも買いに来い」と言いますか?

 「オワハラ」の滑稽さは、こうして消費市場に置き換えてみると浮き彫りになると思います。

 「優秀な学生を早めに囲い込もう」というマインドが企業にあるから、大学側は「ルール」を求めるのだと思います。学生の職業選択の自由を顧みず、大学の授業時間を無視する傍若無人な民間企業から学生を守らなければならない、と思うのは当然です。つまり、企業が「優秀な学生を早めに囲い込もう」と焦らず、消費者に接するように、学生の選択を支援する気持ちで、学業に支障を来さないように注意し、オープンで誠実に対応すれば、就活ルールは必要なくなると思います。

 就活ルールが厄介なのは、採用市場に参加するプレーヤーにはさまざまな事情があるのに、一律に活動時期を決めてしまうところです。

 じっくり将来を考えたい学生もいれば、早い時期からある職業・会社にピンポイントで決めたいと思う学生もいるでしょう。企業側も、従業員規模や地域もさまざまで、特定の能力に秀でた人材を求めることもあれば、多様な人に入ってきてほしいと考える社もあります。

 いま企業は「コンプライアンス」「レピュテーションリスク」にはかなり敏感になってきています。また、SNSの発達により、企業の問題行動は表出しやすい環境になってきています。実際、「オワハラ」が減っているのは、学生たちが企業から受けた仕打ちをネットで発信し、拡散するようになったからだと思います。

 上記のように企業側が「改心」することが前提ですが、経団連や政府にルールを示されなくても、採用市場はそれなりの秩序を形作るようになるのではないでしょうか。

合同説明会に来場した学生たち=2018年3月1日、福岡市中央区、

「新卒一括採用」へのこだわりを捨て「通年採用」へ移行を

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