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消費増税をどう理解すれば良いか

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

安倍首相が消費増税実施を表明

 今月15日、安倍首相は臨時閣議で予定通り2019年10月に消費税率を8%から10%へ引き上げる方針を示した。もちろん、「リーマン・ショック」級の経済危機が発生すれば見送るという条件は従来通り付いているが、既に立法化されている消費増税のスケジュールを首相自ら確認した意味は大きい。

臨時閣議の前、茂木敏充経済再生担当相(左)と言葉を交わす安倍晋三首相(中央)。右は麻生太郎財務相=2018年10月15日、首相官邸

 併せて、消費増税による景気への悪影響を緩和する策として、既に決まっている一部商品への軽減税率の導入(8%のまま据え置き)や幼児教育の無償化に加え、ポイント還元による中小企業の支援、自動車関連の税負担軽減、住宅購入支援策などが検討され始めた。

 こうした動きを受けて、最近、消費増税を巡る議論が活発化しているが、主観を交えて論点を絞れば、①消費増税は本当に必要なのか、②消費増税を実施すれば景気は大丈夫なのか、であり、最終的に③消費増税が実施される可能性はどの程度あるのか、ということではないかと思う。以下、それぞれについて考えてみたい。

財政健全化に増税は不可避

 まず、消費増税が本当に必要かどうかであるが、日本の財政の現状および見通しを見る限り、政府の支出を削るか増税するかを迷っている暇などなく、両方を同時に進めていかないと到底間に合わないと考えるのが自然であり、故に増税自体は不可避であろう。

 財政の状況を今年7月9日に発表された最新の内閣府「中長期の経済財政に関する試算」で確認すると、2017年度末時点で国と地方を合わせた政府の借金(公債等残高)は1,039.4兆円、GDPの189.4%にも上る。より対象範囲の広いIMFのデータで他国と比較すると、日本の政府債務残高(2017年末)はGDP比237.6%にも達しており、トランプ大統領の大盤振る舞いで財政の悪化が懸念され始めた米国の105.2%はもとより、ユーロ圏主要国の中で歴史的に財政が悪いとされるイタリアの131.8%や、一時破綻が懸念されたギリシャの181.8%に比べても、その大きさが際立っている。

 借金の大きさだけでなく、毎年の収支状況も悪い。政府の基礎的な(利払い費や借金を除いた)収支を表す指標である「プライマリー・バランス」は、前出の内閣府試算によると、2017年度に16.5兆円(GDP比3.0%)の赤字であった。この指標は、黒字であれば債務残高がGDP比で減少(正確には条件によって異なるが、ここでは説明を省略する)し、財政は改善方向となるが、日本は赤字なので財政は悪化している。ちなみに、米国のプライマリー・バランスもGDP比2.2%の赤字であるが日本より小さく、イタリアは1.3%、ギリシャは4.2%のいずれも黒字である。つまり、世界的に見て借金の多い両国では、財政の健全化が進められているわけである。

 もちろん日本もプライマリー・バランスの黒字化を目標に掲げている。ただ、その達成時期は、当初の2020年度から今年6月に2025年度へ先送りされた。しかも、内閣府の試算によると、その実現可能性は高くない。試算では、成長率が現状の1%台半ばから徐々に2%へ加速し、消費税率を2019年に予定通り10%へ引き上げるという前提を置いても、2025年度のプライマリー・バランスは1.7兆円(GDP比0.2%)の赤字である。要するに、今の税制や社会保障制度の下では、相当に景気が上向いても財政は改善しないわけである。

消費税が選ばれる理由

 増税やむなしとして、なぜ消費税なのかという疑問もあろう。消費税を所得税と比べた場合、消費税の方がより幅広い層から税金を集められるため、特に社会保障という全国民のための制度との親和性は高い。一方で、消費する額は所得ほど差がなく、消費税は所得が多いほど税の負担感が小さいという「逆進性」があるため、累進税率を採用する所得税の方が公平だという指摘もある。しかしながら、実際の所得税の負担状況を見れば、必ずしもそうとばかりは言えない。

 国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、2017年の給与所得者は4,945万人、うち納税者は4,198万人、その差748万人(全体の約15%)は所得税を納めていない。また、納税者の約11%にあたる456万人は年間給与所得が800万円を超えており、その給与総額は54.2兆円、全体の27%を占める。この層が納める所得税は6.2兆円、平均税率は11.4%となる。ここまでは、さほど違和感のない数字だと思うが、その納税額が所得税合計の64%にも相当するとなれば、どうだろうか。逆に言えば、給与所得800万円以下の層は、給与総額が145.1兆円、全体の73%をも占めるが、その所得税額は3.5兆円、全体の36%であり、平均税率は2.4%となる。こうした状況を見ると、税制が逆進的かどうかは所得税と消費税を合わせて議論すべきであろう。さらに言えば、所得税は既に各種控除の見直しによる増税が図られているため、公平性に照らしても消費税率の引き上げを否定することは難しい。

前回とは大きく異なる増税負担

 では、もし消費増税によって景気が後退し、ただでさえ遅れているデフレ脱却がさらに遠のいても良いのか。

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