2018年11月07日
これを受けて人民元はドルに対して大きく反発した。人民元相場は、4月の1ドル=6.2元台から10月末にかけて約11%も下落、2008年5月以来となる1ドル=7元近くまで水準を切り下げていたが、その後の2日間で6.8元台へ値を戻している。ただ、仮に今後、本当に米中の貿易摩擦が解消していくとしても、人民元相場が上昇傾向になるのかといえば、そう簡単な話ではないだろう。
為替相場への影響という観点でまず挙げられるのは米中の金利差であり、これまでは基本的に中国の金利が米国より高く、それが人民元高圧力となっていた。例えば、残存期間5年程度の中国の国債利回りは、2018年初め頃には4%を超えていたが、米国債5年物利回りは2%台前半であった。ところが、その後、米国FRBが3月、6月、9月と利上げを続けたことを受けて米国債5年物利回りは3%前後まで上昇、一方の中国国債利回りは、人民銀行が4月、7月、10月と3回も預金準備率を引き下げ、事実上の金融緩和を行ったことから3.4%台まで低下しており、その差は急速に縮まっている。
また、中国の大幅な経常収支の黒字も、これまでは人民元高要因となっていたが、こちらも状況が変わってきている。中国の経常収支は、2018年1~3月期、実に約18年ぶりとなる赤字(▲341億ドル)に転じ、翌4~6月期は黒字に戻したものの、わずか53億ドル、前年同期(526億ドル)の10分の1にとどまるなど、明確に悪化している。主因は貿易黒字の縮小であり、さらに掘り下げると、資源価格の上昇により輸入が増加した一方で輸出が伸び悩んでいることが原因である。なお、米中貿易摩擦は今のところ中国の貿易黒字を削減させるどころか、むしろ拡大させる方向に働いている。大豆など米国からの輸入は減少したが、米国向けの輸出は関税引き上げを控えた駆け込み的な動きもあり増加しているためである。
このように、最近の人民元安は、専ら米中の経済ファンダメンタルズの違いを素直に反映したに過ぎず、中国政府は決して元安を望んでいるわけではない。なぜなら、特に元安の速度が急な場合、中国からの資金逃避を誘い、さらに元安を加速させ、人民元相場の下落に歯止めが掛からなくなるためである。
確かに、人民元安は米国による輸入関税引き上げの一部を吸収する余地を与えてくれるほか、米国以外の地域への輸出においては価格競争力を高めるため、中国経済にとっては、景気が既に減速気味となりつつあり、今後は貿易摩擦による悪影響が強まる可能性が高いことを踏まえると、救いの手となるだろう。
しかしながら、大幅な人民元安は輸入品の価格上昇を通じて国内物価の上昇圧力をも高め、景気の牽引役として期待される個人消費に冷や水を浴びせるだけでなく、国民の不満を高め共産党一党独裁体制の基盤を揺らがせることにもなりかねない。企業にとっても、人民元の下落はコスト増となるばかりでなく、外貨建て債務の負担を膨らませるものである。そのため、中国政府にとっては、緩やかであればともかく、半年で10%を超える人民元安は、資本規制という強権を発動しないと制御不能となる恐れもあり、それが官制相場と批判されることも避けたいため、全く望んでいないはずである。
では、米国にとって人民元安は、どういう位置付けになるのだろうか。
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