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日米通商協議、米国を恐るるなかれ

米国は早期妥結を望んでいる。時の利は日本にある

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

トランプの通商政策は変わらない

 こうして分断が深まった中での選挙結果である。下院の多数を占めることとなった民主党は、これまで以上にトランプ政権と対峙していくだろう。

 ロシアゲートと言われるトランプ大統領とロシアとの関係、若い時のトランプの脱税容疑、トランプの性的スキャンダルなど、大統領への攻撃材料に事欠かない。下院は大統領弾劾の訴追権を持っている。罷免には上院の3分の2の賛成が必要となるので、罷免まで至ることは想定できないが、弾劾している間は、大統領を揺さぶり、その力を削ぐことは期待できる。

 立法・政策的には、医療保険制度の充実を提案することになるだろう。たとえ共和党優勢の上院で否決されても、次の選挙では上院でも民主党が多数を勝ち取り、これを可決するのだという主張を展開できる。

 しかし、経済が好調で失業率が大幅に低下している状況では、通商政策は争点にはならなかった。そもそも、TPPなどを推進していたヒラリー・クリントンと異なり、保護貿易主義という点でトランプと伝統的な民主党には共通のものがあり、争点になりようがなかったともいえる。

 「トランプは中間選挙で敗れても変わらない」で指摘したように、トランプ政権の通商政策が変更されることはありえない。むしろ、保護主義的な協定は議会をより通過しやすくなったと覚悟したほうがよい。

 通商政策に今回の選挙が影響を与えるとすれば、2016年トランプを大統領に当選させた大きな原動力となったラスト・ベルトと呼ばれる中西部諸州の選挙結果である。これは農業のコーン・ベルトとオーバーラップしている。

批判するなら多国間ではなく二国間の交渉に転換したこと

 そこで、年明けから開始される日米の通商交渉はどのようになるのだろうか?

 日本のマスコミや野党は、日本政府が使っているTAG(物品貿易協定)は物品だけの協定ではなくサービス部門も含むものであり、また、アメリカ政府はそのような用語は使っていないことから、これまで政府が否定してきたFTA(自由貿易協定)に他ならないのではないかと批判している。

 しかし、これは的外れの批判だ。「日米首脳の通商協議を緊急報告する」で解説したとおり、TAG(物品貿易協定)と呼んでも、これがガット・WTO上のFTA(自由貿易協定)であることは疑いのないところである。政府を批判するのであれば、安倍首相たちが、これまでなぜ日米FTA交渉はしないと発言していたのかという根本的な部分に焦点を当てるべきだった。

 「日米FTA交渉をしない」というのは、二国間の交渉はしないという意味・趣旨だった。日米二国間で交渉すると、安保問題等を抱える日本は弱い立場に追い込まれ、TPPで約束した以上に農産物の関税削減を求められるのではないかという心配があったからである。だから日本政府はアメリカに多国間協定であるTPPへの復帰を要求してきたのだった。

 日米TAGと言おうが、日米FTAと言おうが、「農産物(物品の一部)について二国間の交渉をする」ということである。もし、政府を批判するのであれば、多国間の場であるTPPで問題を解決するというのではなく、スパゲッティ・ボール効果(多数の自由貿易協定が存在する結果、貿易ルールがこんがらがる)など国際経済学的にも問題が多い二国間協定の交渉になぜ政策変更をしたのかというところを突くべきだった。

 政府の担当者は、否定してきたFTAという言葉を避け、TAGという言葉を作り出したために、日米間に齟齬があるのではないかという批判を招き、「策士、策におぼれる」ような事態を招いてしまった。しかし、これによって、以上のような大きな政策変更をしたことから、マスコミや野党の目をそらすことができたとすると、「怪我の功名だ」と胸をなで下ろしているのではないだろうか。安倍首相からお褒めの言葉をいただけるかもしれない。

 なお、サービス部門も含むFTA交渉となれば、アメリカから「えげつない要求が突きつけられないか」という懸念があるという報道もある(11月6日付朝日新聞)が、そのようなことはない。アメリカとはサービス部門も含めてTPPで交渉済みである。しかも、この分野の交渉が難航したということは聞かない。日米共同声明でも、これは早期に結果が得られるものとされている。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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