日本の公教育の崩壊が、大阪から始まる
子どもの学力テストの成績で教師が査定され、使い捨てされる時代がやってくる
鈴木大裕 教育研究者 土佐町議会議員
米国では化石のように古びた「メリットペイ」
子どもの学力を伸ばしたい。頑張っている教員をきちんと評価してほしい。
そんな思いは誰にでもあるだろう。教育関係者なら尚更だ。だが、それを「メリットペイ」という制度で実現しようとすると、思いがけない落とし穴に落ちてしまう。
アメリカの教育現場にメリットペイ制度が導入され始めたのは四半世紀以上も前のこと。今ではその欠陥が次々に露呈し、企業型教育改革の中では化石のように古びた印象さえある。
その制度を、大阪市は今になって導入しようとしている。私が知る大阪市の教育関係者たちは、なぜこのタイミングでメリットペイなのかと首をかしげていた。
今さら、なぜメリットペイなのか。
その答えは、公教育さえも経済的な効率性と生産性の観点からしか見ようとしない新自由主義者の視点に立つと見えてくる。一言でいえば、公教育の完全なる市場化と民営化を目指しているからだ。
新自由主義社会では、政府は保険、鉄道、郵政など、民営化されたかつての公共事業の市場を管理し、未だ市場化されていない領域には新たな市場を作り出す役割を担う。大阪市に続き、まさに今、安倍政権が水道という新たな市場を開拓しようとしているのも、新自由主義の教科書通りのシナリオだ。
そして、冒頭で述べたように、教育面でも公教育の市場化の準備は着実に進んでいる。
教師に子どもの成績の「結果責任」を負わせて競わせる
公教育の完全なる市場化と民営化に向けて、現時点で不足しているものは何か。
それは、すべての学校、校長、そして教員が、自らの生存をかけて、子どもの成績の結果を競い合う体制だ。
学力テストが単なる調査で終わると市場化は完成しない。その調査に結果責任を負わせることで、初めて市場が動き出す。つまり、全国学力調査を教員評価に連動させることには、教育現場の結果責任を問うための根拠作りとしての一面があるのだ。
大阪ではただでさえ教員が足りていないのに、教員不足にさらに拍車がかかり、点数アップが期待できる「優秀」な教員の争奪戦が激化し、本格的な「教員市場」の誕生が想定される。非常勤講師の更なる増加、教員免許制度の規制緩和や塾講師の教育現場への派遣、そして教員の年俸制も視野に入ってくる。
こうして教育は「サービス」と化し、受ける側だけでなく、提供する側も生存競争を強いられ、公教育の「市場」が活性化していくのだ。

全国学力調査の開始を待つ小学6年生たち=2018年4月17日、大阪市北区
新自由主義の分析と批判の先駆者でもあるデヴィッド・ハーヴェイは、次のように言っている。新自由主義は「人間が行う全ての行動を市場の領域に持ち込もうとする。そのために、グローバル市場における様々な決定を導く情報創出のテクノロジーとデータベースを必要とするのだ」。
つまり、教育という事業の効率と効果を証拠として残すためのメカニズムの構築が公教育の市場化には不可欠であり、そのためには生徒の学力だけでなく教員の教える能力さえも「パフォーマンス」として数値化する必要があるのだ。
元米国教育指導カリキュラム開発連盟会長のアーサー・コスタの言葉からは、測定可能な「エビデンス」の追求に翻弄されたアメリカ教育界の姿がうかがえる。
「教育的に大事で測るのが困難だったものは、教育的に大事ではないが測定し易いものと置き換えられてしまった。だから今、我々は、学ぶ価値のないものをどれだけ上手に教えたかを測定しているのだ」