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日産は落ち目のカリスマに年20億円を払い続けた

ゴーン来日から19年。コストカットが染みついた日産に必要なのは「技術」の復活だ

大日向 寛文 朝日新聞経済部記者

日産自動車のカルロス・ゴーン会長=2014年3月31日、横浜市西区

会長と社長の2人で役員報酬総額の4分の3を独占

 サラリーマンが一生に稼げる賃金はいくらなのか――。労働政策研究・研修機構の試算によると、大卒・大学院卒の男性で3億2640万円、高卒男性で2億4900万円だという。

 日産自動車のカルロス・ゴーン会長が11月19日、東京地検特捜部に金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで逮捕された。2010~14年度の5年間の報酬が計約100億円だったのに、計約50億円と記載していたという。

 実態の半分にとどめた記載分だけでも年平均で10億円になる。わずか1年間で、大卒・大学院卒の生涯賃金の3倍、高卒の4倍の金額を稼ぎ出す計算だ。

 さらに、最高経営責任者を務めるルノーからの報酬がこれとは別にある。

 「これ以上、何でお金が必要なんだろうか」と思うのが大多数の国民の率直な印象ではないだろうか。

 ゴーン氏の高額報酬はもともと有名で、毎夏に前年度の金額が公表される度に、賛否両論がわき上がってきた。

 事件をきっかけに、改めて直近の2017年度の報告書を見てみた。この年度も過小記載された可能性があるが、それでも「経営トップに甘く、サラリーマンには渋い」という、日産の賃金ピラミッドが浮かび上がる。

 頂点に立つゴーン氏の報酬は7億3500万円。社長兼最高経営責任者(CEO)から会長に退いたことで、前年度よりも約3.6億円少なくなったが、それでも収益で圧倒するトヨタ自動車の内山田竹志会長(約1.8億円)の4倍だ。

 一方、気になるのは普通の社員の懐だ。同じ報告書によると、2017年度の平均給与は818万円。トヨタの832万円を下回る。

 「残念という言葉をはるかに超えて、強い憤りだ」。日産の西川広人社長は11月19日夜の記者会見でゴーン氏批判を繰り返したが、高額報酬の是非を問われると、「日本人だから低い、日本企業だから低い、欧米企業だから高いというのは徐々に是正させて行くべきだと思う」とゴーン路線の擁護に回った。

 それもそうだろう。西川氏の2017年度の報酬は、ゴーン氏に次ぐ4億9900万円。ほかの6人の社内取締役の報酬は、いずれも1億円以下。トップ2人で、社内取締役8人の役員報酬総額の4分の3を独占する、いびつな報酬体系だ。

カルロス・ゴーン会長の逮捕について記者会見する日産自動車の西川広人社長=2018年11月19日夜、横浜市西区

V字回復後、輝き失った手腕

 「失われた20年」と言われた平成の日本経済。低成長の中、サラリーマン経営者が、身内での対立を恐れて解決策を先送りする「日本型経営」がやり玉にあがった。果敢な経営判断を下す取締役が報われるよう、「高額な報酬を支払うべきだ」との意見が強まった。

 東京商工リサーチの調査によると、2018年3月期決算で報酬が1億円以上あった上場企業の役員数は、過去最高の538人。最高額はソニーの平井一夫会長の27億1300万円。10億円以上は8人いた。それでも日本の企業トップの報酬は、欧米に比べるとまだ低い。

 それでは、ゴーン氏は高額な報酬を毎年受けとるに値するだけの実績を残し続けてきたのか。私はかなり疑問に思っている。

 確かに、倒産寸前の日産の経営を立て直したゴーン氏の実績は大きい。

 1999年のリストラ策「リバイバルプラン」で、国内5工場を閉鎖やグループ社員の7分の1にあたる2万人超の人員削減、系列部品メーカーとの取引の見直しを断行。早くも2001年3月期には、過去最高益を稼ぎ出した。黒字化時期などの数値を「必達目標」として公約して、会社の改革を加速するその手法は、ゴーン流の経営の代名詞となった。

 「銀座通産省」とも揶揄された官僚的な風土が強い当時の日産の改革は、ゴーン氏のような外部から来た剛腕経営者でなければなしえなかったはずだ。この頃の実績では、年20億円の報酬は高くはなかったといえるかもしれない。

 ただ、経営危機を脱すると、ゴーン流経営はとたんに神通力を失っていった。その後は報酬に見合ったほどの結果は出せていない。

 ゴーン氏が掲げた必達目標が初めて未達になったのは2007年のことだった。2005年に決めた「2008年度中に世界販売420万台」の達成時期を先送りしたのである。

 原因は、目先の業績を拡大するため、2004~05年度に新型車を集中投入した反動だ。必達目標の未達で、株主からは退任を求める声も出たが、ゴーン氏はこれを拒否した。

 その後の計画では、数値目標は「必達」ではなく、「努力」に変質した。その理由について、ゴーン氏は朝日新聞の取材にこう述べている。

「必達目標は、外部からはなぜ未達なのかと批判されやすい。会社が適切に進歩しているなら、時には未達だっていい」

 2016年度までの6年間を目標にした中期計画「パワー88」では、世界シェア8%、営業利益率8%を二本柱に掲げたが、どちらも未達だった。2018年3月期の営業利益率は4.8%。国内自動車大手7社の平均を下回った。

 エコカー開発も迷走した。ハイブリッド車でトヨタやホンダに出遅れたゴーン氏は、電気自動車(EV)で巻き返しを図った。

 2010年末にはEV「リーフ」の販売を開始。ゴーン氏は「2016年度までにルノーと合わせ150万台を販売する」と表明した。

新型「リーフ」への充電の様子を公開=2017年9月6日、千葉市美浜区の幕張メッセ

 ところが、実際に売れたEVは、新たにグループに加えた三菱自動車分を加えても約42万台。目標の3分の1以下にとどまった。

 電気自動車の競争力を左右するのは、長年自動車会社の強みだったエンジンではなく、リチウムイオン電池だ。日産はリーフの発売にあわせて「世界最大のメーカーになる」(ゴーン氏)ことを目論見、NECと電池生産の合弁会社を設立した。

 これも大きく当てが外れ、今夏、中国企業への売却を決めた。韓国、中国メーカーの技術が急速に進歩し、「外部から買った方が安上がりになった」(日産幹部)ためという。

ゴーン来日から19年。日産にはコストカットが染みついた

 米ニューヨーク大スターン経営大学院のスコット・ギャロウェイ教授は、今年のビジネス書のベストセラー上位になった著作「the four GAFA 四騎士が創り変えた世界」で、企業を「起業時」「成長中」「成熟期」「衰退期」に分類。「企業のライフサイクルの段階によって、求められるリーダーシップの種類は違っている」と述べている。

 衰退期の企業のトップが求められるのは、会社が傾いていることを正しく認識して、コストカットをし、まだ価値のある事業を他社に売却することだという。

 ゴーン氏は、この衰退期の企業の卓越したリーダーだったのではなかろうか。

 もともとゴーン氏が来日前の仏ルノーで名をあげたのは、工場閉鎖や部品購入を見直し、赤字だったルノーの業績を立て直したことだった。日産のV字回復とよく似た方法だ。

 従業員や取引先の痛みや過去の経緯には目をつぶり、徹底したコスト削減を断行すれば、一時的には業績は回復する。それによって企業が衰退期から抜け出せば、新たな成長戦略が必要となる。V字回復を成功した時点で、ゴーン氏は役目を終えた。別のタイプの経営者にバトンタッチすべきではなかったのだろうか。

 来日してからの19年間で、ゴーン流のコストカットは、日産に染みついた。

 ある大手部品メーカーでは、自動車会社の特徴がこう言われているという。

 トヨタ「品質にうるさくて面倒だが、勉強になるから取引をすべき」
 ホンダ「技術マニアが多い。新製品を採用してくれるからありがたい」

 それでは日産は……。

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