ブレクジットを理解したいあなたへ
英国のEU離脱問題はなぜあれほどこじれるのか。わかりやすく解説します
山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
関税同盟とは
まず、ブレクジットを理解するためのEU(ECと言われた時期も長かったが、ここではEUに統一する)についての知識である。キーワードは、関税同盟、単一市場である。
EUは1958年、ドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)からなる欧州経済共同体(EEC)として発足した。二つの大戦を引き起こしたドイツとフランスが二度と戦争を起こさないという強い政治的意思がその背景にあったが、イギリスは大陸での動きから距離を置いていた。
その後、次々に加盟国が増加し、現在1973年に加盟したイギリスを含め、28カ国が加盟している。
EUは1968年に関税同盟“customs union”と共通農業政策“common agricultural policy”を完成した。関税同盟とは域内6ヶ国間の関税などの貿易障壁を撤廃するとともに、域外には統一した関税を適用するものである。例えば、スペインの人がドイツのメーカーから自動車を買うなどEU域内でモノが交易されるときは、関税は一切かからない。しかし、日本からフランス、スウェーデン、イギリスなど28のEU加盟国に自動車を輸出するときは、どの国に輸出しても一律10%の関税がかかる。
日本の人にとっては、関税同盟とは聞き慣れない言葉だろう。
貿易の自由化と言えば、日本とタイなどの二国間の自由貿易協定やTPPなどの多国間の自由貿易協定が報道されてきた。関税同盟、自由貿易協定のいずれも、加盟国間の貿易はガット・WTOで約束した関税よりも低い関税を適用するという点では同じである。他の国より域内加盟国や協定参加国を優遇することから、どの国も同じように扱うべきであるとするガット・WTOの基本原則である最恵国待遇の重大な例外である。
しかし、自由貿易協定が関税同盟と異なる重要な点は、協定参加国以外の国に対する関税は統一されず、各国でまちまちであるということである。例えば、協定参加国以外の国に対して、自由貿易協定に参加しているA国の牛肉関税は100%、B国の牛肉関税は1%となる。A国は国内の牛肉産業を保護したいのだが、B国には牛肉産業がなく保護する必要もない。協定参加国相互の関税は0%なので、域外のC国産の牛肉がB国経由でA国に輸入されると、関税は1%でA国に輸入されることとなる。そうすると、A国は国内の牛肉産業を保護できなくなる。このため、域外のC国産の牛肉がB国経由でA国に輸入されることを防ぐため、A国に輸入される牛肉はB国産であることが証明される必要がある。これが原産地証明である。
牛肉のような一次産品であれば簡単であるが、B国が一次産品を輸入してこれを加工したり、部品を他の国から輸入して自動車やテレビなどを生産したりして、A国に輸出する場合には、それがB国産なのかどうかを決めなければならない。中身だけ外国で作って外側の車体だけB国で付け加えた自動車をB国産と言えないのは当然としても、どこまでB国で付加価値をつければ、B国産として認めてよいのかを巡って、いつも自由貿易協定の交渉はもめる。
2018年のNAFTAの見直し交渉では、自動車の原産地規則が最大の争点となった。
関税番号の変更、加工度や付加価値等に応じて決める原産地規則は、自由貿易協定の数だけあるともいわれている。通関当局も輸入品が協定締約国から来たのか、それ以外の国から来たのかを書類によって判定し、関税の認定をしなければならなくなる。
これが貿易のコストを逆に高めるという問題を生む。国際経済学者バグァッティのいうスパゲッティ・ボール現象である。
これに対して、関税同盟の場合は、域外からの輸入に対しては共通の関税がかかるので、原産地規則は必要ではない。貿易の自由化という面では、関税同盟の方が自由貿易協定よりも、加盟国間の結びつきが強い、より進んだ形態である。