メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ゴーン逮捕「失敗したら海外から袋叩き」

大金星どころか…日本の刑事司法の後進性に世界の注目が集まる

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

 

ゴーン氏が逮捕された2018年11月19日夜、東京拘置所に入る東京地検特捜部の車=東京都葛飾区

倫理面では相当問題あるのだが…

 日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)の逮捕は、日本の刑事司法の後進性を全世界に向けて発信することになりそうだ。東京地検特捜部は、久しぶりの大金星に浮かれるのではなく、人権意識の高いフランスを始めとした西欧諸国を納得させることのできる犯罪の立証が求められる。外交問題に発展しかねない大事件だけに、失敗すれば、森本宏特捜部長は言うに及ばず、稲田伸夫検事総長も引責辞任は避けられないだろう。

 ゴーン容疑者は2010~14年度の5年分の有価証券報告書で、実際の報酬が5年合計で99億9800万円だったにもかかわらず、同49億8700万円と過少に記載したとして、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで11月19日に逮捕された。これとは別に直近の2015~17年度の報酬も約30億円過少に記載した疑いもある。

 日産社内では20年近く君臨するゴーン支配への嫌気が、主に日本人幹部の間で広まっており、ゴーン氏の公私混同めいた振る舞いを職務として遂行することを求められてきた側近たちが(おそらくは腹に据えかねて)内部通報したところから問題が発覚したとみられる。

 数カ月間の内部調査を経て、ゴーン氏逮捕を受けて記者会見した西川広人社長は①実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載した、②日産の投資資金を私的な目的に流用した、③私的目的で当社資金を支出した――の3点を「重大な不正行為」に挙げた。このうち①が東京地検特捜部の逮捕容疑で、②と③は「海外に6、7軒の個人利用の住宅を持っていた」「姉にコンサルタント料を払っていた」「会社のカネで家族旅行をしていた」など、ゴーン氏の公私混同ぶりを示すものとして、その後続々報じられることになった。

 権力は必ず腐敗すると言うが、長期間にわたってトップを務め、誰も牽制することのできないゴーン氏の「飽くなき私欲の追求」に歯止めがかからなかったと言えるだろう。

 監査法人関係者によると、ゴーン氏は、日産自動車の非連結子会社のジーアの、さらに傘下の会社を使って住宅を購入したり、姉にコンサルタント料を払ったりしているので、後ろめたい行為を監査法人などから「隠す」気持ちがあったに違いない。非連結子会社のさらにその先の会社ならば監査の目が入らないからだ。

 SAR(ストック・アプリシエーション・ライト)という株価に連動する報酬についても、「有価証券報告書の役員報酬欄に開示すべきだ」と主張する監査法人側に対して、日産の法務部門や弁護士を立てて「開示しない」という主張を押し通して監査法人を屈服させている。西川氏ら他の役員は「株価連動型インセンティブ受領権」として有価証券報告書に開示されているのに、ゴーン氏だけが「―」とある。実は40億円も受け取れる権利があったのだが、あたかも、ないように記述されているのだから、おかしいと言わざるを得ない。

 ゴーン事件をこの1週間余、取材してみて、ゴーン氏は倫理面で相当問題があると考えざるを得なかった。

東芝の粉飾決算は強制捜査しなかったのに…

 しかし、直接の逮捕容疑が、1億円以上の役員報酬を有価証券報告書に記載しなければならない開示を偽っていたという点には首をかしげたくなる。

 有価証券報告書とは、会社の財務諸表や設備、資産の内容などについて監査法人の監査を受けた後、内閣総理大臣に提出する資料。損益計算書や貸借対照表など詳細な財務諸表が記され、主には株や社債を売買する投資家が当該企業の財務内容を分析するために使われる。この財務諸表を偽って、実際よりも企業業績をよく見せる粉飾決算は後を絶たず、最近では東芝が長年にわたってパソコン部門などで粉飾していたことが明らかになっている。

 ところが東京地検特捜部は、東芝の明白な粉飾決算については強制捜査に踏み切らなかった。

森本宏・東京地検特捜部長(東京地検提供)

 一方、日産のゴーン氏とグレッグ・ケリー代表取締役(当時)の2人が問われたのはそうした粉飾ではなく、役員報酬欄の虚偽記載である。

 大手監査法人幹部によると、監査法人がチェックするのは主に損益計算書、貸借対照表の財務諸表であって、役員報酬欄については会社側の申告のまま掲載されることが少なくないという。だからゴーン氏が弁護士を立てて争う姿勢を示すと、監査法人側はもめごとを嫌がってあっさり引き下がってしまうわけである。

 しかも、役員報酬の記述を決めた会社法施行規則の121条、124条を読む限り、当該事業年度に受ける見込みの報酬とあるだけで、退職後に支払われる報酬の記載の義務があるとは読み取りにくい(ただし条文とは別の記載事例とする書式には「退職慰労金」の欄がある)。非常に大ざっぱな規定のため、言い逃れをしようと思えばできそうだ。

 役員報酬も内閣府令では「会社から受け取る財産上の利益」としているだけで、たとえば会社から住宅の提供を受け、家賃を会社に負担してもらった場合、報酬に入るのかどうか、わかりにくい。この虚偽記載だけでゴーン氏のような大物経済人の逮捕にまで突き進むのは、危うさを感じてしまう。

人権侵害…日本は後進国と思われる

 元特捜検事の高井康行弁護士は「仮に報酬の不記載が事実であるならば、株主や投資家から見て『こんなに破格の報酬を得ていたのに隠していたのか』と思う人もいるでしょう。有価証券報告書というのは、財務諸表だけでなく、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの面についても記載されており、そうした面の評価もできる資料です。だとしたら株主や投資家にとって役員報酬の開示内容も投資判断を左右しうるものとなる。それを虚偽記載していたのであれば、逮捕されるのはおかしくない」と、特捜部の捜査に理解を示す。

 しかし、その上で「この事件は失敗したときの反動がものすごく大きい。日本の刑事司法が海外から袋だたきに遭う可能性がある」と述べ、西欧諸国が特に問題視しそうな3点――①否認したら保釈されないこと、②取り調べに弁護人が立ち会えないこと、③接見禁止決定によって弁護人以外の者との接見を禁止できること――を挙げる。「こういう点が人権侵害と問題にされかねない。やっぱり日本の刑事司法は後進的だと言われてしまう。もし、私だったら余罪を含めて徹底的に捜査した上で、逮捕し、逮捕中に起訴して保釈する」と言う。

 逮捕後、ゴーン氏は保釈されずに、東京拘置所に勾留されている。

2018年6月に公開された東京拘置所の単独室
2018年6月に公開された東京拘置所の朝食の一例

 プライベートジェットに乗り、世界各地に素敵な邸宅を構える豪華な生活をしていただけに、3畳ほどの狭い個室への収容はこたえるだろう。仮に再逮捕されたりした場合、勾留生活は年末まで続きそうだ。

 容疑を否認し、徹底抗戦しようとすると、延々と束縛する「人質司法」。日本の刑事司法の後進性を示す象徴的な手法である。ふつうの日本人でも前近代性を感じるやり方だけに、人権意識の高い西欧から「やっぱり日本はアジアの後進国」と思われかねない。

ゴーン氏の弁護人は元特捜部長

 そんな刑事司法後進国の日本においてゴーン氏が頼ったのは、これまた古い捜査手法で知られる元特捜部長の大鶴基成弁護士だった。

・・・ログインして読む
(残り:約1004文字/本文:約4128文字)