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米国との貿易戦争でも、中国は止まらない

「投資大国」から「消費大国」へ。中国は超大国の条件を整えた

原真人 朝日新聞 編集委員

中国企業が国際インターネット大会の展示館に出展していた監視システム。中国政府も採用しているという。この会場に据えられたカメラに写る人々のひとりひとりの顔を特定し、推定年齢や体格、髪の長さ、服の色、さらにはデータベースの写真との照合までされる(浙江省烏鎮で)

1割が中高所得層としても1.4億人

 前編「消費大国・中国 アリババ巨大セールに群がる人々」では、消費大国となった中国の先端的な消費の現場をご紹介した。後編ではこの巨大消費社会の勃興をどう見たらいいのかについて考えてみたい。

 中国の1人当たり名目国内総生産(GDP、2017年)は8643ドルで、日本(3万8448ドル)の4分の1以下にすぎない。つまり平均的な所得水準はまだまだ日本などの先進国に比べると低い。

 だが、ショッピングモールのレベルは高く、日本と比べて遜色ないどころか、はるかに進化していた。そこに中国の大衆が気軽に買い物に来るのはなぜなのか。

 もちろん今の中国には平均所得を大きく上回る所得を得ている都市住民も少なくないはずだ。国営企業や世界的な大企業に勤める労働者たちの所得は、おそらく日本の企業並みの人が少なくないだろう。そもそも14億人の1割が中高所得層だとしても1.4億人なのだから、ショッピングモールの繁盛ぶりも不思議ではない。そうした消費者たちは少々高くても品質を求めるようになっている。

 さらに所得はまだそこまで上がっていない平均的な所得の人々でも、ときには安全な品質、より上質なものを求めてショッピングモールにやってくるのだという。

 上海のRTマートの食品売り場には、レジ台がずらりと横に50台も並んでいた。日本ではまずお目にかかれない巨大な売り場だ。

 「50台という規模はショッピングモールでは大きいほうです。ただ、30台くらいのモールなら地方都市でも、ざらにあります」と中国人の広報スタッフが教えてくれた。

現金を持ち歩く人はほとんどいない

上海市のRTマートの食品売り場には、高級魚やカニ、エビなどを売るいけすがある。客はここで好きな魚介を袋に入れて買う。隣接するレストランですぐに食べることもできる
 まだ午前中だというのに、それぞれのレジの列には7~8人ずつ客が並んでいた。ほとんどの人がスマホを使ってアリペイ(アリババが手がける電子決済)で払っている。現金を使う人はほとんど見ない。有人レジのほかに、機械で会計が済ませられる無人レジもあった。

 この売り場だけでなく、どの都市、どの店、どのタクシーでも、アリペイや微信(ウィーチャット)による決済が一般的だった。中国ではすっかりスマホ決済が定着していて、現金を持ち歩く人が少ない。スマホ決済が使えない外国人の私はどこに行っても現金で払うのだが、なんだか手間がかかって店の人や運転手さんたちに申し訳ない気がしてしまった。現金支払いが一般的な日本とはまったく異なる消費社会が生まれつつある。

 ただ、一方ですべてが電子決済となると、誰が何を買って、何を食べ、どこへ行った、というような個人情報がすべて電子情報としてネット上に残る。こうした情報が政府や企業に把握され、電子データとして記録されてしまう可能性がある。

 監視社会であるといわれる中国では政府がこれを最大限利用しているのはまちがいない。

 日本ではこの点で消費者の抵抗感が強い。スマホ決済が普及していくには、その点が大きな課題として残るだろう。いまは一般的な現金払いは個人の消費行動を特定もされず、記録もされない、究極のプライバシー重視型決済だからだ。

 しかし、中国人たちに聞くと、「情報を記録されて何が困るの?」という感覚のようだった。便利さに勝るものなし、ということらしい。もともと監視社会の中国では、なにをいまさら、という気分もあるのかもしれない。

 スマホ決済が社会基盤として成立した消費社会では、それを前提としてビジネスを生みだすことが可能となる。この点で中国の起業は、日本よりかなりやりやすくなっているとも言える。スマホで一瞬のうちに決済ができるシステムを利用すれば、ビジネスの組み立てがシンプルで安上がりに、少ない労力ですむからだ。

顔認証を競い合う監視カメラメーカー 

 11月7日には浙江省・烏鎮で開かれた「世界インターネット大会」を訪れた。中国内外の主要企業がその技術をPRしようと出展する中国政府などが主催する一大イベントだ。

 そのなかで、多くの企業が競う技術分野の一つが顔認証システムだった。

 中国の中央政府や地方政府が採用しているというある監視カメラメーカーの製品は、カメラが映し出す人々の顔をモニター画面に映し出すと、人工知能が自動的に判定する情報が掲示されるシステムだった。男なのか女なのか、何歳程度か、背の高さは、過去に撮影されたことがあるか、といったデータが映像とともに表示される。

 こうした技術はもともとテロ対策、犯罪対策として空港や駅で利用するために開発されたものだ。

 国家主義の中国でこうした技術は政府が国家を治めていくのにさまざまな形で利用されているのだろう。それは犯罪防止技術としてだけでなく、プライバシー侵害、人権侵害のような負の問題も併せ持っている。

 とはいえ、いまやこれが消費大国としてのインフラを整えていくうえで、重要な基盤技術の一つとして大いに利用され始めている。そんな現場を今回の取材でいくつも見た。スマホ決済で顧客を特定し正確に支払いを済ませるのに、この顔認証技術が大いに役立っていた。

深圳は中国のシリコンバレー

 ロボット技術もすでに消費の現場に浸透しつつある。

 多くのベンチャー企業が配送ロボットや、荷物持ちロボットの開発にしのぎを削っていた。深圳にはそうした開発型ベンチャー企業がたくさん生まれている。ここ数年、それを視察するため、国会議員や日本企業幹部たちがたくさん訪れているという。製造業の先端都市として大いにその評価を高めているからだ。

 なぜ深圳に製造業ベンチャーが生まれやすいのか。それは他の都市に比べて試作品を作りやすいからだ。

 もともと先進国メーカーの模造品、偽物をたくさん生産していた中小業者が多く、そうした業者がいまは中国企業から下請けビジネスを請け負っているのだ。製品化に際して短期に、しかも大量に作ることのできる事業者が多いという。

 これは米国のシリコンバレーでIT企業がたくさん育った環境と共通するものがある。

 たとえば起業したばかりのベンチャー企業がある製品の生産を始めようとすると、日本なら7~8カ月かかる。だが、深圳だと3カ月ほどでできるのだという。

 部品を手に入れるのもかんたんだ。深圳中心部に立ち並ぶいくつもの雑居ビルには、たくさんの電機部品店が軒を連ねている。

 4階建てのあるビルをのぞいてみた。1フロアに200店近い店がひしめいている。スマホ、カメラ、スマートスピーカーなど製品を売っている店もあるが、部品、カバー、シートなどの専門店も多い。店舗面積が10~20平方メートルほどしかない小さな店ばかりだ。ここから全国に配達もするという。

教材用のロボットやドローン。こどもたちが自分で組み立てられる。深圳のベンチャー企業、MAKE・BLOCK社で

 深圳の立地を生かして起業した製造業ベンチャーの一つを訪ねた。メイクブロック社。2013年に設立した平均年齢27歳、社員500人の若い会社だ。こどもたちが気軽に小型ロボットやドローンを自分で組み立てられる教材キットを製造・販売している。

 社員の半分は研究者。電子回路や機械、ソフトウェアなどの部門に分かれて製品開発を社内でも競っている。スマホで操作する組み立て型自動車の価格は約200元(約3300円)。このぐらいの価格帯なら、今の中国消費市場では十分売れるようだ。

中国経済の長期的な膨張は止まりそうにない

 米中貿易戦争の影響はこれから中国経済にもじわじわと出てくるのかもしれない。多くの専門家たちがそう予想している。たしかに米国が関税を引き上げれば、中国の対米輸出はまちがいなく影響を受けるだろう。

 英経済調査会社のオックスフォード・エコノミクスの試算によると、米国が2千億ドル相当の中国からの輸入に25%関税をかけ、それに対して中国が相応の対抗措置をとったケースでは、中国経済への影響が米国経済への影響より大きいのだという。2020年時点での中国の経済成長率へのマイナスインパクトは0.8%幅、輸出へのマイナスは2.0%幅という。

 それだけでなく、米国による対中国への技術流出防止の締め付けは、日本や欧州、アジア諸国による対中投資を鈍らせる可能性が高い。そうなると、日本企業も含め、グローバルに生産拠点を分散していた製造業のサプライチェーンは、今後は米中それぞれのブロックごとに別々に形成されていく可能性すらある。

 そのとき中国経済はこれまでのような成長ピッチを維持できるのだろうか。

 そこでカギとなるのが、中国の内需、つまりは中国人たちの消費動向だ。中国消費市場が米国市場並みとなれば、他の国々は中国市場を無視したサプライチェーンだけに安住してはいられなくなる。

 今回、中国の5都市を駆け足で回ってみてわかったのは、仮に貿易戦争の影響が一時的にあったとしても、中国経済の長期的な膨張は止まりそうもないということだ。なぜなら、中国の消費者たちが消費社会の豊かさに目覚めてしまったからである。いちど手に入れた便利さ、生活の質、利用するサービスや製品のレベルはなかなか落とせない。それが消費社会の法則だ。

超大国の条件は「消費大国」であることだ

 2008年のリーマン・ショック直後、中国は4兆元の投資計画を発表して、世界での存在感を増した。「世界の工場」として一気に飛躍し、「投資大国」として急成長した。

 10年たったいま、中国の存在感はむしろ「消費大国」として強まっていく体制が整ったように思える。

上海のRTマートの鮮魚売り場。購買意欲をそそる陳列の工夫がされていた

 アリババの共同創業者でもあるジョー・ツァイ副会長は記者会見でこう話していた。

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