「コーヒー飲みに来ませんか?」と呼びかけた毎日放送の試み
2018年12月05日
経団連に代わって政府が主導して定める「就活ルール」は当面、現状を踏襲し、会社説明会などの「広報活動」は大学3年の3月から、面接などの「採用選考」は大学4年の6月からとなるようです。
朝日新聞社の採用を担当した私の経験をもとに執筆した前回の「最近まで採用部長だった記者が明かす就活最前線」でも少し指摘させていただきましたが、わずか数カ月で勤め先を探すのは学生にとって難しい場合があります。期間を限定せずに、学生が勤め先や自分の人生についてゆっくり考えられるよう、企業と学生が自由に交流できる環境を整えたいものです。
いまの就活ルールでは、期間が短い上に、企業と学生の対等なコミュニケーションが成立しにくい仕組みになっています。「広報活動」では、企業が自社の事業概要や福利厚生について説明するのが中心で、企業の社員が主にしゃべります。「採用選考」では、主に学生が自分についてしゃべります。
もっと企業と学生が対等な立場で話し合える場をつくれないか。私が採用担当だったころ、ぼんやりと思っていましたが、それを実践に移した会社がありました。
「MBSにコーヒー飲みに来ませんか?」
毎日放送(MBS、大阪市)の採用サイトに、こんなメッセージが載ったのは11月2日。
「説明会ではありません。パワポ(説明用ソフト)とかもありません。コーヒー飲んで一息ついて、僕らに話し掛けてみたり、初めて出会った学生同士で自己紹介してみたり。『就活だからこれをしなくちゃ!』という気分を一瞬忘れて、コーヒー飲みながらゆるーい時間を過ごしてみませんか?」と呼びかけました。「#アタラシイ就活」というハッシュタグをつくり、SNSでの拡散を図りました。
12日からの5日間、夕方5時~7時に、MBS本社1階ホールで人事部採用担当が待機し、訪れた学生とコーヒーを飲みながら、ただただ雑談するというイベント。期間中は毎日、十数人の学生が訪れたそうです。主に対応するのは人事部員ですが、場所は多くの社員が行き交う本社ホール。通りがかりの制作マンやアナウンサーを呼び止めては、少しだけ相手をしてもらったようです。
さらに「おもしろそう」と感じた人事系コンサルタントやベンチャー企業の社員も訪れ、学生たちと雑談しました。「内定を持っているが、本当にそこで良いか迷っている」「どう自己アピールすればいいかわからない」といった悩み相談もあったようです。
なぜ、このような企画を考えたのかを尋ねたところ、MBS人事部採用担当の真田昌太郎さんから下記のような返答をいただきました。文章がとても熱く、編集するのがもったいないので、長文ですが、そのまま引用します。
今回の取り組みを通じて学生に伝えたかったことが三つあります。
一つ目は「違うことは良い」ということ。就活というと、説明会に行って、インターンに参加して、リクルートスーツ着て、自己分析して……。もちろん、それらも大事なことだとは思いますが、あまりにみんなが同じことばかりやっているなぁ、と思いました。「みんな説明会にいっぱい行っているけど、もっと行かなきゃダメなのかな」とか、「スーツの色って、みんなと同じ紺か黒にしないと」とか、失敗しないように人と同じようなことばかりして、せっかくの「自分らしさ」がどんどんなくなってしまう学生が多くて「もったいない」と感じていました。
就職というのはあくまで「手段」であり、「目的」は「幸せな人生を送ること」のはずです。そのために「自分らしく生きる」ことは、とても大事だと思います。採用試験で「自分らしさ」をしっかり出し、ありのままの自分を受け入れてくれる、自分らしく生きていける企業を探す。今回の「ちょっと違う」イベントに参加する中で、人と同じばかりではなく、「違うことは良い」ということを少しでも感じてもらえたらと思いました。
二つ目は「受け身にならないて欲しい」ということ。せっかく時間もお金も使って説明会やインターンに参加しても、企業が言うことを聞いているだけって、本当にもったいないと思います。なぜなら、その話は「企業が言いたいこと」でしかないからです。企業が言うことをうのみにするのではなく、疑問に思ったこと、自分が聞きたいことを自分の言葉で質問することで、企業に対する「自分らしい視点」や「自分らしい志望動機」ができると思うのです。
また、私はいま人事部3年目で、これまで報道記者7年、営業マン4年というキャリアを積んできました。記者と営業マンを経験する中で両者に共通して感じていたのが、活躍する人は情報を「掘り起こす」のが優れている、ということです。記者会見で質問して、ニュースの本質、相手が言いたくないことをあぶり出す。クライアントと信頼関係を築き、相手抱えている課題、本当に求めていることを引き出す。そのためには、言われたこと、求められたことをするだけではなく、「自分にとって何が今必要か」を考えて行動することが大事だと思いました。今回の「♯アタラシイ就活」では説明も、パワーポイント(説明用ソフト)もないので、その場にいる人たちに自分から話しかける状況になります。勇気を出して話しかけてみる、質問してみることで何かに気付く、という体験を通じて、自ら動く大切さを学んでほしいと思うのです。
最後の三つ目は「どんな立場だろうが口先だけは良くない」ということ。学生に対して「行動を起こそう」とか「ちゃんと考えよう」と言っている企業側の人間が、果たして行動を起こしたりちゃんと考えたりしているだろうか。上から目線で「君たちやりなさい」と言っているだけになっていないか、それは常に考えています。「違うことが良い」「受け身になるな」。そう言うなら我々こそ違うことをすべきだし、積極的に行動すべきです。そう考え、今回の「♯アタラシイ就活」という行動を起こそうと考えました。
一つひとつの言葉に、強くうなずきながら読みました。
「違うことは良い」「受け身にならない」と就活生を励まし、「#アタラシイ就活」という新たな試みを自ら実践して範を示す。それを「おもしろそう」と感じた学生が、きっとイベントに現れたことでしょう。学生たちと向き合おうというMBS人事部の姿勢を感じました。
ちなみに「#アタラシイ就活」は、ハフポストの企画「#アタラシイ時間」で編集者が考えたイベント「ネットを飛び出してコーヒーをおごりまくったら、悟りがひらけた。」にヒントを得たようです。
私も採用担当のとき、就活生には自分らしくしてほしいと思っていました。
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