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デジタル税はなぜ登場したのか

岡直樹 東京財団政策研究所 税・社会保障調査会

 あなたがスマホでクリックすると、どこか遠くでたんまり儲かる企業がある。でも税金はちょっぴりだけ。そんなデジタル経済の税制、タックスヘイブンの問題について考えてみました。プラットフォーマーの母国や、各国のユーザー数の影響にも触れます。

デジタル課税を巡るホットな動き

ハモンド英蔵相
 デジタル時代の所得課税(法人税)の問題は、10月29日に2%のデジタル税(GAFA税と呼ぶ報道もある)を提案したハモンド英蔵相(財務大臣)演説の次の一節に端的に表れている。

 「サーチエンジン、ソーシャルメディア、マーケットプレイスを提供する“デジタルプラットフォーム”の登場は我々の生活、社会や経済を豊かにしたが、同時に税制の安定や公平に難題を突き付けている」。「税制は進化するビジネスモデルに追い付いていない。デジタルプラットフォーム事業者は莫大な価値を英国で生み出す一方、その事業に係る税の支払いを免れている。これを続けることはできないし公平でないことは明らかだ」。

 EUによると、従来型産業の企業が平均23.2%の税を支払っているのに対してデジタル企業は半分以下の9.5%しか納税していない。ビジネスの進化に税制が後れをとったのは初めてのことではない。しかし、今回は危機感が違う。ハモンド英蔵相が述べたことには2つの意味があると思う。

 一つは、デジタルエコノミーの本質に由来する「税源浸食」(Base Erosion)の問題である。

 所得に関する国際課税ルールに従えば、支店等の「恒久的施設」がないと外国企業に課税することができないが、インターネット上で事が足りてしまう“プラットフォーマー”にこうしたものは不要だ。恒久的施設がないので、外国のプラットフォーマーに対価を支払う“カスタマー”が自国にいても、税務署は手をだすことができない。

 また、“クリック”してプラットフォームに参加する多くの「ユーザー」と「ユーザー」をつなげることでプラットフォームの商業的価値を高め、収益(ネット広告収入やユーザーデータの譲渡を含む)を上げていても、自国のユーザーと外国のプラットフォーマーの間で対価の支払いがないし、課税上ユーザーやデータの価値を評価する仕組みがないので所得課税のしようがない。

 もう一つはタックスヘイブンと無形資産を利用した租税回避、「利益移転」(Profit Shifting)の問題だ。

 法人税のないタックスヘイブンに置いたグループ企業で収益を計上すれば、税金はナシで済む。改善されているが、タックスヘイブンの不透明さも払しょくされてはいない。最近も企業犯罪の疑いに関係し、タックスヘイブンである英領バージン諸島経由で役員にヤミで高級住宅を購入していた事例が報道されている。

 そして、タックスヘイブンのグループ会社に利益を“シフト”するためのツールが「無形資産」だ。

 グループ法人間の取引は「独立企業間価格」、つまり市場価格を基準として計算する必要がある。しかし、個別性の強い無形資産について市場価格を見出すことは困難だ。無形資産は企業グループ内で“移転”が可能なため、税務署が租税回避を疑っても否認し税を追徴できる決め手を欠くことも多い。

 今年の新語大賞にノミネートされたGAFAの一角(二角)を占めるグーグル、アップルが開発した有名な租税回避スキームは、タックスヘイブンと言われるアイルランドの子会社に事業ライセンス(無形資産)を付与し、海外の収益をすべて受け取ることができるようにした上で、子会社の収益が法人税が全くないバミューダ等の所得となるように仕組んだものだった。

 こうしたスキームの威力は大きい。アップルは長年にわたりアイルランドの子会社が2%以下の税しか負担していなかったことを米議会で認めている。EUは不透明な税の優遇を「違法な補助金」と認定し、アップルは加算税を含め1.9兆円をアイルランドに納付したが(ただし争っている)、これは大阪万博の経済波及効果と伝えられる金額と同規模の莫大なものだ。

 デジタル税の注目の影にかくれて目立たないが、英国の来年度予算案には来年4月から「新型IP(無形資産)税」とでも呼ぶべき斬新な新税が盛り込まれていることにも注目してほしい。これは英国内の売り上げに関連づけられる無形資産の利用対価としてタックスヘイブンにあるグループ会社に支払われた金額(グロス)を20%の税率で課税するというパワフルな内容だ(売り上げ約14.5億円以下の企業は免除)。そして、実はアメリカも類似の目的の規定を昨年導入している。(タックスヘイブンの全体像についてより詳しくは、 拙稿「デジタル経済とタックスヘイブンに消える税」参照)

税のポリシーメーカーたちは何をしてきたか

 OECD租税委員会は、「各国がリーマンショック後に財政状況を悪化させ、より多くの国民負担を求めている中で、グローバル企業が税制の隙間や抜け穴を利用した節税対策により税負担を軽減している問題への対応」を旗印に、BEPS(「税源浸食」・「利益移転」)プロジェクトを2012年に立ち上げた。その「行動1」として掲げられたのが「デジタルエコノミーの発展への対応」だ。

 しかし、OECDが2015年に取りまとめた最終報告書では、「電子経済の発展に伴いBEPSの問題が助長される一方、特有の問題は存在せず、他の行動における勧告で対応可能」と結論し、具体的なルールの勧告には踏み込めなかった。

 ハモンド蔵相は、英国内の売り上げあるいはユーザーの存在で莫大な利益を上げているグローバル企業に対して適切に税負担を求めることができない場合、税制の安定や公平性、あるいは競争条件の公平(レベルプレイングフィールド)が損なわれることへの危機感を露わにした。英国のデジタル税はいわば現状への異議申し立てだ。内容も考え抜かれたものであり、権威ある税専門誌でも「英国はデジタル課税一番槍に名乗りを上げた」と紹介されている。(Tax Notes International 18年11月19日号)

デジタル税の中身

 英国デジタル税の納税義務者は国内・国外のプラットフォーマー(ソーシャルメディア、サーチエンジン、マーケットプレイスの提供)だ。そして、「英国ユーザー」が“クリック”した場合や利用契約している場合、そのデジタル役務は英国で提供されたものとして、関連するプラットフォーマーの収入(経費控除前のグロス)に2%の税率で課税される。

 英国ユーザーとは原則として通常英国に居住する者を指すが、適当と認められる場合には利用したデバイスのIPアドレスで判断する。納税義務が生じるのは全世界のプラットフォーム事業からの売り上げが5億ポンド(733億円)超の企業だ。利益率の低い法人への軽減措置(セーフハーバー)もある。

 デジタル税の提案は英国が初めてではない。EUは2018年3月に3%のデジタル税を提案し、年内の合意を目指して蔵相理事会で議論中だ(次のヤマ場は12月4日の蔵相理事会)。報道では、特にフランス、そして議長国オーストリアなどが熱心とされる。EU加盟国であるスペインも独自に3%のデジタル税を導入する構えだ。

 各国がデジタル税に目をつけるのは、売上税(間接税)なので、租税条約のルール「支店などがないと課税できない」に縛られないし、独立企業間価格による所得計算のハードルもない簡素な仕組みなので、実効性(歳入確保)を期待できるからだ。しかし、

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