アップル、鴻海、シャープのものづくりを支えてきたのは日系外国人たちだった
2018年12月06日
米国のアップル、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業、そして日本のシャープ。これら世界的大企業の底辺を支えてきたのは、ブラジルやペルーなどの日系外国人である。
その人たちがいま、会社側の都合で切り捨てられようとしている。
三重県亀山市にあるシャープ亀山工場。三重県や亀山市が計135億円の補助金を用意して2002年に誘致した。自治体による工場誘致の成功例としてアピールされ、地元経済も一時は潤った。ここでつくられた液晶テレビ「アクオス」は、かつて「世界の亀山モデル」としてもてはやされた。
その亀山工場で働いていた日系外国人約3千人の仕事がいま、なくなりつつある。
日系人労働者らを支援する労働組合「ユニオンみえ」などが12月3日に記者会見して明らかにしたところによると、亀山工場では下請けの人材会社グループの従業員として、2017年時点で計約3千人が働いていた。大半がブラジルやペルー、ボリビアなどの出身の日系外国人だという。
工場にはシャープの従業員は今年3月末で約2千人いるが、日系外国人たちはこの人たちとともに、下請け会社の従業員として生産を支えてきた。つくっていたのは米アップルの「iPhone(アイフォーン)」の部品などだ。
工場では発注元のシャープを頂点に、1次、2次と下請け会社が連なる多重下請け構造になっていた。特定の人材会社グループが人集めの大部分を担っており、全国から日系外国人を募集して働かせていたという。
なぜこのような手間が掛かることをするのか。社会保険料の支払い義務を、会社側が免れようとすることが理由の一つだ。
厚生年金保険や健康保険は、短期雇用の従業員であっても、一定の条件を満たせば企業側に保険への加入を義務づけている。勤務の時間や日数が正社員の4分の3以上で、2カ月以上勤務する場合などが対象だ。保険料は労使折半で、企業側が国に納める。2カ月未満の短期雇用だと主張することで、会社側の負担を大きく減らせるのだ。
こうした短期の雇用形態だと労働者の立場が不安定になり、会社側の都合で仕事が一気に失われる危険性が高まる。
労組側によると、今年2月ごろから工場の生産量が落ち込み、従業員の給料も減った。一時30万円以上あった月給が、10万円近くまで下がった人もいた。収入減で辞める人も出るなか、人材会社グループは雇い止めも通告し、約2900人が退職したという。
日系外国人は「安定したいい仕事がある」などと誘われ、全国から亀山市に移住してきた。急に仕事がなくなり、新しい仕事も見つからないことで、生活の維持が難しくなっている。中には、アパートを出て車上生活をしている人もいるという。
労組側の会見には、日系外国人4人も同席し、問題の深刻さを次のように訴えた。
「安定した仕事があると信じ込んで入った。昨年12月ごろから急に首切りが始まった。入ったばかりなのに、なぜ急に切るのだと思った」
「仕事中に転んでケガをし、労災を申請しようとしたが、人材会社の担当者に相手にされなかった。文句を言うとすぐ首にされる。いまは生活に困っている」
労組側は、許可がないのに労働者を工場に送り込んだ職業安定法違反(労働者供給事業の禁止)にあたるなどとして、この人材会社グループを11月22日に三重労働局に告発している。
労組側によると、人材会社グループの幹部らから日系外国人の支援活動をやめるよう、電話などで脅しを受けたという。会見で公表された電話の録音には、人材会社グループの幹部だとされる人物が労組側の人を名指しして強い口調で話す音声が入っていた。
「おまえは入院したらしまいじゃ。ようおぼえておけ。見舞いに行って、おまえの酸素呼吸器に手を当ててやる」
シャープの広報担当者は取材に対し、「トラブルになっているのは認識しているが、十分把握できていない。日系外国人とは直接の雇用契約がなくコメントできない」とする。
労組側の中野麻美弁護士(NPO法人派遣労働ネットワーク理事長)は、シャープの対応をこう批判する。
「自分の工場で起きていることについて、知らないというのはがくぜんとさせられる。シャープは何が起きているか、知る努力もしてこなかった」
世界的な大企業の工場を巡り、こんなトラブルが起きていることは驚きだが、実は亀山工場だけの問題ではない。
労組側によると、外国人労働者が急に雇い止めされたり、社会保険や労災保険を受けられなかったりする事例は、全国的に相次いでいる。外国人は雇用者の権利や会社の義務について知識が少なく、都合良く利用されるケースが目立つという。
例えば、日本語で書かれた退職届に「法律で認められたやり方なので大丈夫」などと言ってサインさせ、会社都合で辞めさせるのに自主退職扱いにしている事例があるという。残業代の未払いや、給料からの違法な天引きも横行している。
社会保険についても、「加入すると手取り額が減るよ」などと外国人を誘導し、支払い義務を免れようとすることがある。組合側が後から追及すると、「本人が入りたくないというので加入させなかった」などと反論してくるという。
日本人なら労働基準監督署やハローワーク、年金事務所などに相談できるが、外国人は言葉の壁があり難しい。行政側も通訳が常駐しているところはほとんどなく、支援体制は遅れている。
こうした弱い立場の労働者が使い捨てにされる問題は、世界規模でも起きている。
今回の雇い止めの発端になったとみられるのが、工場でつくっていたiPhone用部品などを、海外に生産移管したこと。アップルは効率よくもうけるため自らは工場を持たず、鴻海精密工業などに生産を委託している。鴻海は台湾や中国などに多数の工場があり、どこで生産するのが効率的か常に見直している。鴻海は子会社のシャープの技術力を評価し、亀山工場で部品などを生産していたが、より生産コストの安い海外に移した模様だ。
世界的な大企業の意向で働く場が失われ、そのしわ寄せが労働者にくる。アップルや鴻海は特別なことをしているわけではない。日本の大手製造業も、少しでも賃金の安い国を目指して、生産拠点を移していくのは当たり前のことだ。
一方で行政には、企業の都合で労働者が振り回されないよう守る責務がある。それが十分機能していないことは、今回の事例でも明らかだ。
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