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「リフレ派vs財政再建派」対立の終焉

経済政策はポストアベノミクスを睨んだ新たなステージに

与謝野信 外資系証券会社勤務

財政再建派のピークだった3党合意

 リフレ派が「上げ潮派」と呼ばれていた時代からの10年以上にわたる財政再建派との政策論争は金融危機という世界規模の不況の波にも翻弄されながら、ときの政権の政策決定の中心的論点であった。そして政界においてときには権力闘争とも絡んだ独特の力学で優劣が変わり、政策への両派の影響力を変化させてきた。学者間の論争と違い、政界での論争の優劣は学問的な精緻さやエビデンスなどとは別の次元の国政選挙の結果や有力議員の引退などが大きな決定要素となる。

 小泉政権以降、上げ潮派の代表格の中川秀直氏と竹中平蔵氏が影響力を失う一方、与謝野馨、谷垣禎一氏らの財政再建派が経済財政担当相や財務相などの税制政策の主要ポストに登用され社会保障一体改革・消費税増税の道筋がつけられた。

拡大竹中平蔵氏
拡大与謝野馨氏

 民主党による政権交代後、民主党内にはいわゆるリフレ派を代表するような有力議員はおらず、そもそも政権交代前の党の主張は政府支出における無駄な支出を無くすことにより増税せずともマニフェストにて公約した高速道路や教育費関連の支出増が可能というレベルの議論であった。このため民主党政権内における議論の中心はマニフェストを遵守して消費増税を行わないか否かという点に集中しており、デフレ経済からどのように脱却するかといった議論は成熟していなかった。

 予算編成を通じて財政支出の削減が思うようにいかず、財政赤字の最大のネックが社会保障費の膨張にあるという認識が広まると同時に欧州の信用危機を目の当たりにした菅政権は財政再建の重要性を認識して政策の方向転換をする。政権に与謝野馨を招聘し、自民党で議論されていた社会保障一体改革・消費税増税路線を民主党政権で実行しようとする。この動きは野田政権でも続き消費税増税を決定する3党合意にたどり着く。このときが「財政再建派」政界における影響力のピークであった。

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筆者

与謝野信

与謝野信(よさの・まこと) 外資系証券会社勤務

1975年東京生まれ。中学2年から父親の海外転勤に伴いフランスとイギリスで5年間過ごす。1999年に英国ケンブリッジ大学経済学部卒業後、外資系証券会社に入社し、東京・香港・パリでの勤務でデリバティブや資産運用に関わる業務に従事。TOKYO自民党政経塾生(第11期)2017年千代田区長選出馬(次点)、同年衆院選自民党比例東京ブロックから比例単独で出馬(次点) 財務相、官房長官を歴任した故・与謝野馨は伯父にあたり、歌人の与謝野晶子は曽祖母にあたる。