仮説「現場はウソをつく」は本当か
止まらない大企業の不祥事、管理者層と現場の間に「組織の壁」
片山修 経済ジャーナリスト、経営評論家
なぜ不祥事は起きるのか
そうだとして、しかし、それはあくまで遠因だ。不祥事、なかんずく仮説「現場はウソをつく」の真因ではない。「現場のウソ」の背景については、さまざまな要因が重なり合っていると考察するのが妥当だろう。
例えば、その一つは、不祥事を起こす直接的原因となるコンプライアンス意識の欠如だ。従業員一人ひとりの規範意識、倫理観が薄まっている。しかしそれは、必ずしも従業員にすべて責任があるわけではない。じつは、そのウラには、従業員にコンプライアンス教育を十分にしてこなかった企業の怠慢がある。
その意味で、特徴的なのは、不正の起きた企業のなかには、調査や再発防止策を行ったにもかかわらず、不正を繰り返す企業が、いくつもあることだ。それも、名門の大企業である。
三菱自動車は、2000年にリコール隠しが発覚した後、04年に追加のリコール隠しが発覚。16年には、軽自動車の燃費データの改竄が発覚した。
日産も、17年9月に無資格検査が発覚。翌月には、一部で無資格検査が続いていたことがわかった。その後、再発防止策を講じたにもかかわらず、翌年7月にはデータ改竄が発覚。12月に入って、また新たな不正発覚が報じられている。スバルもまた、17年に無資格検査が発覚。再発防止策を発表したものの、翌年3月に燃費や排ガスの検査データ改竄、6月にさらに数値の書き換えなどの不正を公表。それでも収まらず、11月には国交省の立ち入り検査で、10月まで保安基準に関わる検査で不正が行われていたことが発覚した。
こうなると、単なる企業の怠慢だけではすまされない。
もっと根本的問題、すなわち組織のあり方そのものに問題があったのではないか。いってみれば、現場と管理者の間のコミュニケーション不足である。マネジメントの問題だ。しかも、これは、いま始まった話ではない。ここに教訓的なケースがある。
東電のトラブル隠しの背景にあった、現場と管理者のコミュニケーションの欠陥
2002年、東京電力の原発トラブル隠し事件が発覚した。東電管内の原子力発電所の自主点検において、シュラウドのひび割れなどトラブルが多数見つかったにもかかわらず、ひび割れの数を少なく報告するなど、組織的に記録を改竄していた。その後も、原子炉格納容器漏洩率検査において、漏洩率を低下させる不正行為などが発覚し、福島第一原子力発電所の1号機は、1年間の運転停止処分となった。
事件の背景にあるのは、現場と管理者との距離だ。コミュニケーションの欠陥だ。「現場の本音」が伝わらない状況だった。現場で自主点検を行うのは、発電所の地元出身の高卒の従業員がほとんどだ。一方、彼らからレポートを受ける管理者は大卒の〝本店〟の人間だ。現場の従業員にしてみれば、エリートである。採用の枠からして異なる。現場にしてみれば、いずれ2~3年後に本社に戻っていく〝本店の人間〟に対する信頼は薄く、期待もしていない。
東電の調査報告書によれば、現場にとって、「スケジュールどおりに定期検査を終わらせて自分たちの電源を系統に復帰させること」が最大の関心事だった。つまり、管理者に現状を正確に報告すれば、点検や調査が長引くなど面倒なことになり、電源の復帰は遅れてしまう。したがって、現場を熟知する現場の従業員は、コトを荒立てまいと調査に非協力的で、〝ウソ〟の報告を繰り返した。結果として、仮説「現場はウソをつく」を地でいった。