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仮説「現場はウソをつく」は本当か

止まらない大企業の不祥事、管理者層と現場の間に「組織の壁」

片山修 経済ジャーナリスト、経営評論家

データ改竄が発覚し、唇をかんで会見に臨むKYBの中島康輔社長=2018年10月16日、東京・霞が関

 「現場はウソをつく」――という仮説がある。昨今、大手企業の不正会計や顧客データの流出など、不祥事が次々と発覚している。目に余るのは、製造業の現場における品質や燃費などのデータ改竄(かいざん)だ。

 2016年以降、三菱自動車、スズキ、神戸製鋼所、東洋ゴム工業、日産自動車、スバル、三菱マテリアル、宇部興産、油圧機器メーカーのKYB、日立化成など、大企業によるデータ改竄の不祥事が連続して発生している。

 最近の例でいえば、KYBと子会社のカヤバシステムマシナリーでは18年10月、免振・制振装置の性能検査記録データの改竄が発覚した。日立化成でも同6月以降、国内全7事業所で、産業用鉛蓄電池や塗料用の樹脂、配線板など計30製品に検査データの改竄が発覚した。まさしく「現場のウソ」である。

 日本の製造業のモノづくりの競争力の源泉は、現場にあるといわれてきた。しかし、いまや、「現場力」を口にするのもはばかられるほど、タガが外れたかのように、「現場のウソ」が噴出している。いったい、コトの本質はどこにあるのだろうか。「現場はウソをつく」という仮説は、本当に正しいのだろうか。

会社と従業員の関係の変化

 三菱自動車は、16年に燃費データ改竄が発覚した。同社CEOの益子修氏が、昨年11月、第2四半期決算会見の席上で次のように語ったのが印象的だった。

 「性善説を、会社の仕事に取り入れることは正しいのか。人間は間違いを犯す、あるいはとんでもないことをしでかすかもしれないという前提のもとに仕事をするという、気持ちのよくない話も、社員としなくてはいけない」

 これは、近年、不祥事が繰り返される三菱自動車のトップを長年にわたって務めてきた益子氏の苦渋の発言と見ていい。

 日本の製造業の「強い現場」は、TPS(トヨタ生産方式)に代表されるように、基本的に性善説に立っている。例えば、トヨタは、ライン上で異常があればラインをただちに止める権限を従業員に与えている。つまり、現場は、会社と現場の従業員との相互信頼のうえに形成されている。

 日本の製造業が輝いていた高度経済成長期には、会社は右肩上がりに成長した。それとともに、給料は毎年上がり、ポストも増え続け、従業員に対する好待遇が続いた。従業員のモチベーションは高く、会社への忠誠心も揺るがなかった。

 しかし、低成長時代に入って日本型経営が崩壊すると、給料は上がらず、ポストは減少するばかりか、肝心の終身雇用も崩れ、従業員は寒風にさらされた。会社と従業員の関係性は冷え切った。

 「企業一家意識」のもと、従業員が会社のために働き、同時に自己実現を果たしていた時代には、会社と従業員の「相互信頼」のもとに「強い現場」が維持されていたが、いまや、その関係性は変化し、「強い現場」を維持できなくなっているのが現状だ。

 会社は、従業員を守ってくれる存在ではなくなった。従業員は、目的意識をなくし、会社への忠誠心も当然、薄まった。モチベーションは落ち、漠然と働かざるを得ない状態に陥った。先走っていえば、目的意識、規範意識の希薄化は、不正の温床を用意したといえる。仮説「現場はウソをつく」の苗床だ。

 一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、紺野登氏との共著『構想力の方法論』(日経BP社)のなかで、次のように指摘している。

 「全社の目的、ビジネスの目的、自分自身の目的、それらがうまくかみ合って、より大きな未来への目的につながっていくことを実感しつつ働くことが大切なのです」

 ところが、現状はどうか。「目的なく働いている従業員は今日の企業の脆弱性の主要な要因であるという研究もあります」と、野中氏は警鐘を鳴らすのだ。

なぜ不祥事は起きるのか

 そうだとして、しかし、それはあくまで遠因だ。不祥事、なかんずく仮説「現場はウソをつく」の真因ではない。「現場のウソ」の背景については、さまざまな要因が重なり合っていると考察するのが妥当だろう。

 例えば、その一つは、不祥事を起こす直接的原因となるコンプライアンス意識の欠如だ。従業員一人ひとりの規範意識、倫理観が薄まっている。しかしそれは、必ずしも従業員にすべて責任があるわけではない。じつは、そのウラには、従業員にコンプライアンス教育を十分にしてこなかった企業の怠慢がある。

 その意味で、特徴的なのは、不正の起きた企業のなかには、調査や再発防止策を行ったにもかかわらず、不正を繰り返す企業が、いくつもあることだ。それも、名門の大企業である。

 三菱自動車は、2000年にリコール隠しが発覚した後、04年に追加のリコール隠しが発覚。16年には、軽自動車の燃費データの改竄が発覚した。

 日産も、17年9月に無資格検査が発覚。翌月には、一部で無資格検査が続いていたことがわかった。その後、再発防止策を講じたにもかかわらず、翌年7月にはデータ改竄が発覚。12月に入って、また新たな不正発覚が報じられている。スバルもまた、17年に無資格検査が発覚。再発防止策を発表したものの、翌年3月に燃費や排ガスの検査データ改竄、6月にさらに数値の書き換えなどの不正を公表。それでも収まらず、11月には国交省の立ち入り検査で、10月まで保安基準に関わる検査で不正が行われていたことが発覚した。

 こうなると、単なる企業の怠慢だけではすまされない。

 もっと根本的問題、すなわち組織のあり方そのものに問題があったのではないか。いってみれば、現場と管理者の間のコミュニケーション不足である。マネジメントの問題だ。しかも、これは、いま始まった話ではない。ここに教訓的なケースがある。

東電のトラブル隠しの背景にあった、現場と管理者のコミュニケーションの欠陥

 2002年、東京電力の原発トラブル隠し事件が発覚した。東電管内の原子力発電所の自主点検において、シュラウドのひび割れなどトラブルが多数見つかったにもかかわらず、ひび割れの数を少なく報告するなど、組織的に記録を改竄していた。その後も、原子炉格納容器漏洩率検査において、漏洩率を低下させる不正行為などが発覚し、福島第一原子力発電所の1号機は、1年間の運転停止処分となった。

 事件の背景にあるのは、現場と管理者との距離だ。コミュニケーションの欠陥だ。「現場の本音」が伝わらない状況だった。現場で自主点検を行うのは、発電所の地元出身の高卒の従業員がほとんどだ。一方、彼らからレポートを受ける管理者は大卒の〝本店〟の人間だ。現場の従業員にしてみれば、エリートである。採用の枠からして異なる。現場にしてみれば、いずれ2~3年後に本社に戻っていく〝本店の人間〟に対する信頼は薄く、期待もしていない。

 東電の調査報告書によれば、現場にとって、「スケジュールどおりに定期検査を終わらせて自分たちの電源を系統に復帰させること」が最大の関心事だった。つまり、管理者に現状を正確に報告すれば、点検や調査が長引くなど面倒なことになり、電源の復帰は遅れてしまう。したがって、現場を熟知する現場の従業員は、コトを荒立てまいと調査に非協力的で、〝ウソ〟の報告を繰り返した。結果として、仮説「現場はウソをつく」を地でいった。

日産でもあった「組織の壁」

 日産の無資格者による完成車検査問題でも、東京電力と同じように管理者層と現場との間に「組織の壁」が存在した。検証してみよう。

 17年9月以降に発覚した、無資格者による完成車検査や、排ガス、燃費データの改竄をめぐって、第三者報告書や日産の報告書からは、日産では人手不足にもかかわらず、コスト削減圧力に加え、検査における効率の重視など、現場に過度のプレッシャーをかけていたことがうかがえる。

 ところが、現場は、上層部から与えられた条件のなかで仕事やりくりすることを矜持としていた。「上層部から与えられた条件、仕組み、手順などは変更を申し出ても容易に受け入れられるものではない」と考え、現場は、できないことを「できない」といえなかった。与えられた条件は、とっくに能力を超えているにもかかわらず、いわば〝虚勢〟を張るしかなかった。〝ウソ〟をつくしか手はなかった。

 言い換えれば、上層部は、「現場の本音」を封じたといえる。結果、規定違反であることは認識していたにもかかわらず、現場での不正が常態化し、監査に対して違反を隠すことが習慣となっていった。

 そもそも、現場の係長は車両工場で採用され、基本的に他工場への異動はなかった。それに対し、課長以上の管理者層は、多くが本社生産部門に所属し、1~2年で移動することも多かった。これでは、現場が管理者を〝よそ者〟扱いし、本音を語らないのも当然だろう。すなわち、「組織の壁」は、仮説「現場はウソをつく」を裏付けるのだ。

 日産に限らず、日本の製造業の管理者には、強い現場への〝信仰〟〝過信〟ともいえるものが根強く残っている。これは裏を返せば、「うちの現場は強い。現場が頑張ってくれればどうにかなる」という、根拠のない「甘え」である。人手不足、設備の不十分、コスト削減圧力など、過度な負担をかけ続ければ、現場は逃げ場を失い、「本音」を隠し、ウソをつかざるを得なくなるのは当然だろう。

 また、一般的にいって、工場や子会社の現場は、本社や親会社の目が届きにくい。神戸製鋼所や三菱マテリアル、KYBは、いずれも子会社での不正が発覚した。組織にレイヤーがあればあるほど、

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