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ブレクジット解決の唯一の道は?

EUに駄々をこねる英国議会。メイ首相に残された道はこれしかない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

ブラッセルの冷たいまなざし

 しかし、EU側からすれば、問題の根本にあるのは、第一にEUから離脱したいというイギリスの勝手な要求である。第二に、かつてのようなアイルランド紛争が再発しないよう、北アイルランドとアイルランドとの間で自由に人とモノが移動できるようにしたい、そのためにはイギリスのEU離脱後も厳しい国境管理を行わなくてもすむようにしてもらいたいというイギリスの事情である。

 しかも、この二つは矛盾した要求である。完全な離脱なら全く別個の経済地域となるので(日本が外国との間で設けているような)厳しい国境管理が必要だし、現状通り国境管理をなくしたままにしたいなら、EUと同じ経済地域となるようEUの関税同盟と単一市場の中に留まるしかなく、完全な離脱は諦めるしかない。

 EUとしては、イギリスが勝手に離脱したいと言い出し、その上アイルランドの国境問題もあるというイギリスの事情に付き合って、時間と労力をかけて離脱の協定案をまとめてあげたのに、それが気に入らないと大騒ぎしているイギリスの国会議員たちは何を考えているのだろうと思っているのではないだろうか?相手が離婚したくないと言っているのに、「離婚しろ。しかも自分の身勝手で都合の良い追加的な要求に従わなければならない」と言っているようなものだ。

 EUの担当者は、イギリスの国会議員たちを「遊園地に連れて行ってほしい。そのうえ遊園地ではおなかがいっぱいになるまでアイスクリームを食べさせてくれないと泣きわめく」と駄々をこねる幼児のような精神レベルだと思っているのかもしれない。協定案の再交渉に応じられないとするのは、当然だろう。

 特に、イギリス議会のブレクジッターの要求に応じてバックストップを放棄することになると、北アイルランドとの国境が復活するアイルランドにも、かつての紛争復活という悪夢が再来する。これは、少数与党で政権基盤が不安定な現在のアイルランド政権を危機に陥れることになるので、EUとしては絶対に認められない。

EUの本音は?

 EUの当事者の本音は、次のようなものだろう。

 イギリスがEUから離脱して政治的だけでなく経済的な主権も取り戻したいというのであれば、合意した協定案は無視して、勝手に離脱することになる。アイルランドの問題が残るので、EUとしては避けたいが、最終的にはやむを得ない。

 主権を取り戻すかわり、EUの関税同盟と単一市場から抜けるのであるから、北アイルランドとEU域内のアイルランドとの間で厳しい国境管理を行うのは当然である。それができないと、EUの関税制度が崩れてしまう。例えばイギリスとの自由貿易協定をアメリカが結べば、アメリカ産の安い農産物が関税なしでイギリスに輸出され、そこから国境管理がされないでアイルランドを含めたEU域内に輸出されると、EUの農業は関税による保護を受けられない結果となる。北アイルランドは基本的にはイギリスが処理すべき問題であって、EUの問題ではない。

 これは、離脱後イギリスとEUとの間で自由貿易協定が結ばれる場合でも、同じである。他国産の産品がイギリスを経由してゼロまたは低い関税でEU域内に流入することを防ぐため、イギリス産であるという原産地規則が適切に守られているかどうか、国境でチェックする必要があるからである。逆も同じで、EUから自由貿易協定によるゼロまたは低い関税の適用を受けてイギリスに輸出される産品は、EU産であることの原産地証明が必要であり、そのためには国境管理が必要となる。

 なお、現在イギリスに立地している日本の自動車産業は、部品をヨーロッパ本土から国境管理なしで自由に調達し、完成車を作っている。イギリスがEUの関税同盟と単一市場から離脱すると、たとえ自由貿易協定が結ばれてこれまで通り関税がかからなくなったとしても、原産地証明のために必要となる国境管理により、部品調達に大きな時間的なロスが発生する。いずれ工場をイギリスからヨーロッパ本土に移すことも検討することになるかもしれない。これはブレクジットでイギリスが被る経済的損失の一つである。

 イギリスがEUから離脱して、なお北アイルランドとアイルランドとの間で厳しい国境を引きたくないというのであれば、イギリスは現在合意しているブレクジット協定案を受け入れるしかない。そもそも、EUとしては、イギリスが離脱することは好ましくない。それなのに、イギリスのわがままな主張に辛抱強く付合って協定案を作ったのだ。嫌なら協定なしでEUから離脱すればよい。

 イギリスの離脱派、ブレクジッターは主権が侵されると言う。確かに、単一市場との関連ではEU規則等に拘束されるかもしれないが、それ以外の移民等の問題では、イギリスはEUとは無関係に法律や規則を作成できる。市場に関連しない経済以外の分野では自由に政策を決定できる上、経済的にはEU市場にこれまで通りアクセスできる。イギリスは他のEU加盟国よりも有利な扱いを受けることになる。あれもこれも、全てを手に入れないと満足しないというのは、幼児の精神性だ。


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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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