ポーランドで開催中のCOP24で米ロとサウジを包囲する国際政治が展開されている
2018年12月14日
「米国とロシアが協調してサウジアラビアを支持」
こんな見出しが、12月9日の英ガーディアンのニュースサイトに載った。サウジアラビア人記者殺害事件をめぐってサウジ王室の関与が疑われるなかで、米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領がサウジに接近したという話? いえいえ、国連の気候変動交渉での一幕を伝える記事だ。
「国際政治の最前線“COP”を知りたいあなたへ」の記事でお伝えしたように、気候変動交渉は単純な「先進国」対「途上国」の場ではない。各国の思惑が交錯する激しい国際政治の舞台なのだ。
何が起きたのか。
「パリ協定」を採択した2015年のCOP21で、気温上昇を「2度未満、できれば1.5度」に抑えよう、ということで各国は合意した。
では「1.5度」に抑えようとした場合、どれくらいの時間が残っていて、どれくらいの対策が必要なのか。それを、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)という、気候変動に関する科学的知見を集める組織に「特別報告書」を作ってもらうことにした。
それが今年の10月、まとまった。現状のままでは、早ければ2040年ごろには1.5度を超えてしまい、海水面の上昇や異常気象の被害が頻発するなどという分析だった。
COP21でIPCCに「特別報告書を作ってね」とお願いをしたわけだから、COP24は、その報告書をIPCCから受け取る場になるわけだ。「はい、確かに受け取りました」という文書を採択する必要がある。
その文書の書きぶりをめぐって、対立が勃発した。
COP24での全体総会や記者会見の動画は、ウェブサイトで見られる。対立の様子を再現しよう。気候変動交渉の雰囲気が少しでも味わっていただければと思う。
事前交渉を経て、全体総会に提示された議長案では「1.5度特別報告書を留意する(noted)」となっていた。議長がこれを採択しようとした時、小島嶼国連合(AOSIS、39カ国)を代表してモルディブが発言を求めた。
これに対し議長は「留意する(noted)を歓迎する(welcomed)に修正することを提案しているのか」と問うと、モルディブは「それを提案しています」と答えた。
どういうことか。「留意する」では、報告書の存在を認めるだけで、その内容までは認めていない、と解釈できる。今後、報告書に基づいて議論しようとすると、国によっては「いやいや、報告書の内容までを我々は認めていないので、それを前提に議論するのはおかしいでしょ」と反論されてしまう可能性がある。世界の平均気温が1.5度上昇するだけでも大きな影響を受けやすいAOSISからすれば、特別報告書を「歓迎する」ことで、その内容も含めて存在を認め、今後の議論の土台にしたいのだ。
続いて、独立中南米カリビアン諸国連合(AILAC)を代表してコロンビアが発言を始めた。
「AOSISのポジションを支持する。特別報告書は、警鐘だ。立ち止まって耳を傾けるのが、私たちの責任だ。我々は変わらなければならない。最低限できることは、この報告書を『歓迎する』ことだ。弱い表現、弱いアクションは認められない」
韓国が、環境十全性グループ(EIG)を代表して発言した。「ジョージア、リヒテンシュタイン、メキシコ、モナコ、韓国、スイスを代表して発言する。AOSISとAILACの提案に沿った結論を歓迎する」
エチオピアの発言が許される。「後開発途上国(LDC)を代表している。特別報告書を『歓迎』することが必要だ」。特に開発が遅れている47カ国の代表だ。
コスタリカも発言した。「気候変動の最悪の影響を防ぐには、断固とした行動が必要だ。報告書を『留意する』だけというのは受け入れられない。この報告書によって、行動に転換を起こすことを確信している。科学的知見は、我々の作業の基礎でなければならない」
次に、ノルウェーが「AOSISを支持する。特別報告書を『歓迎』すべきだ」と発言した。
ノルウェーは、日本、米国、ロシアなどが所属するアンブレラ・グループ(UG)の一員だ。ただ、UGとして発言する場合は、オーストラリアがその役割を担う。つまり、この件については、UGの意見がまとまらず、ノルウェーは独自の見解を示したのだ。
交渉グループとしては、欧州連合(EU)が最後に発言した。「EUは報告書を歓迎する。AOSISを代表するモルディブの提案を強く支持する。AILAC、EIG、LDC、コスタリカ、ノルウェーにも支持された。この報告書は大変重要だ」
途上国の「総代表」的な交渉グループ「G77プラスチャイナ」としての発言はなかった。つまり、すべての「途上国」の意見がまとまらなかったのだ。
この後、各国が個別に発言していった。ベリーズ、ツバル、ジャマイカ、フィジー、マーシャル諸島、セントキッツ・ネイビス連邦、チリ、タンザニア、ネパール、スイス、メキシコ、アルゼンチン……多くは、懇願するかのように「留意」を「歓迎」に修正することを求めた。UGの一員、ニュージーランドも「AOSISのポジションに同感だ。ニュージーランドも特別報告書を『歓迎』する」と述べた。
各国の発言が相次ぐなかで、米国も発言の機会を得た。
やはり、1.5度の特別報告書が、今後の交渉の土台になることを恐れているのだ。
続いてクウェートが「議長案通りにしてほしい」、直後にロシアも「我々もあなた(議長)の案を支持したい。『留意』で十分だ」と発言した。
一連のやり取りの後、サウジアラビアの交渉官が、やれやれという表情でマイクを握った。「こんなことで延々と議論を続けるなら、これからの交渉が思いやられる。『留意』か『歓迎』という言葉をめぐって各国が次々と攻撃してくるなら、我が国の背後にいる国々にも発言してもらってもいいが、それは効率的ではない」と、議長案通りの採択を求めた。
国連交渉は「全会一致」が原則である。一部の国が反対したら、文書は採択できない。
結局、議長は妥協を画策したが、各国に受け入れられず、来年6月の会議に持ち越された。
この交渉で「留意のままでいい」と態度を表明したのは、米国、ロシア、サウジアラビア、クウェートの4カ国だ。米国は中国に次ぐエネルギー消費国であり、ほか3カ国は石油や天然ガスの輸出国だ。気温上昇を1.5度に抑えることを前提に国際的な枠組みができあがってしまうと、これから燃やせる化石燃料の量が限られてしまう。ほかの産油国は態度を表明しなかったが、同じ考えと思われる。
一連のやり取りで、この4カ国は世界から孤立しているような印象を世界に与えた。
ノーベル経済学賞受賞者で、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ポール・クルーグマン氏は12月10日、ツイッターで「新たな悪の枢軸ができた。ロシア、サウジアラビア、そしてアメリカ合衆国だ」とつぶやいた。
全体総会での対立は、「歓迎派」が仕組んだものではないか、と邪推してしまう。
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