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日米貿易協定交渉は日本が圧倒的有利なはずだ

米国の対日通商要求は怖くない。交渉が長引くほど困るのは米国である

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

日本政府の担当者はこう考える

農産物についての政治的困難さ

 農産物について、TPPで譲歩した以上のことを譲ることはできない。

 戦後の最大の圧力団体であるJA農協は、農協改革を断行した安倍政権との対決姿勢を強めている。JA農協の機関誌、日本農業新聞は、TPP合意以上のことは一切認められないという論陣を張っている。また、夏の参議院選挙を前に、自民党として農協の組織票に逃げられると困る。

対応困難な自動車問題

 自動車はもっとやっかいである。

 まず日本の自動車産業がアメリカに輸出する場合について、USMCAで決着した内容からアメリカが要求する具体的な内容を推測すると、一定の数量までは「低い関税」での輸出を認めるが、その数量を超えると「高い関税」を課すというものである。これを輸入数量制限だと日本のマスコミは批判しているが、これ自体は日本政府が農産物の貿易政策で多用しているセーフガード(アメリカはスナップバックという)または関税割当て(TRQ、タリフレートクォータ)と呼ばれるもので、WTO違反ではない。

 問題は、このときの「低い関税」、「高い関税」とは何かである。

 アメリカがFTAを結んでいない国に対して適用する自動車の通常関税(WTOに約束している上限税率)は2.5%である。常識的には、FTAを結べば、アメリカは0%または2.5%を下回る関税をFTA相手国に認めることになる。低い関税は0%、高い関税は2.5%とするのが、妥当な合意内容だろう。

 ちなみに、日本の牛肉の輸入制度では、通常の関税は38.5%であるが、前年度同期比117%を超えるとWTOで約束している50%の上限税率を適用することになっている。

 しかし、それでは、日本の自動車業界がさらにアメリカに輸出しやすくなる。アメリカの生産・雇用を守り拡大するという交渉目的に反してしまう。

 オバマ政権でさえ、TPP交渉で2.5%を0%にするのに25年もかけることを日本政府に飲ませている。アメリカの要求は低い関税を2.5%、高い関税を安全保障の名目で導入しようとしている25%にしたいというものだろう。

 しかし、より貿易を自由にするというのがFTAの趣旨であり、さらに貿易を制限することは適当でないばかりか、安全保障の名目で自動車の関税を引き上げることはWTO違反であり、とうてい日本政府としては認められない。

 さらに、アメリカは自国産の車が日本で売れないのは非関税障壁があるからだと言うが、そのようなものはない。ヨーロッパ車はたくさん売れている。アメリカ車が売れないのは、日本で評判が悪く人気がないからという簡単な理由である。東南アジアの国々でも、アメリカ車を見ることは、ほとんどない。

 しかし、アメリカ人はなにか日本に問題があるのだと思い込んでいる。規制を緩和しろと言っても、安全上から必要な規制をアメリカ車が売れるようにするためだけに撤廃することはできない。これは、堂々巡りの議論になるだけで、いつまで経ってもラチがつかない。

 アメリカ政府が鉄鋼等の関税を引き上げたために競争力が悪化したGMは、アメリカ国内での工場を閉鎖し、生産や雇用を縮小しようとしている。それなのに、日本企業にアメリカに進出しろとは、政府としてとても言えない。

 また、基本的には民間企業が判断する話で、政府が関与できるものではない。こんなことを約束したら、企業間のケイレツが問題にされたり、外国産半導体の日本市場でのシェアを約束させられたりした80年代から90年代にかけての日米貿易摩擦の時代に戻ってしまう。

為替条項と非市場国条項の問題

 為替条項は、金融政策、マクロ経済政策を拘束してしまう。アメリカだって、オバマ政権の時には、TPP交渉でこれを取り上げるべきだとする民主党議員の要求を、財務省が中心となって否定してきたではないか。

 非市場国条項については、アメリカがカナダやメキシコと結んだUSMCAの条項だって日本にとっては問題である。カナダやメキシコもTPP参加国なので、将来中国をTPPに加盟させ、技術移転要求の禁止、高いレベルの知的財産権保護、国有企業に対する規制など、TPPで合意した高いレベルの規律を中国に課そうとしても出来なくなってしまう。

 また、日中韓のFTAや日中韓にインド、豪州、ニュージーランド、ASEAN諸国が参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)も交渉できなくなる。政治的には中国との関係をおかしくしてしまう。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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