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文在寅政権の命運は「経済」が握る

深刻な失業問題、じりじり下がる支持率。今後注視すべきは韓国経済の動向だ

稲田清英 朝日新聞オピニオン編集部次長

英BBCのインタビューを受ける文在寅大統領=2018年10月12日、韓国大統領府提供

じりじり下がる支持率

 雇用不安や若者の就職難が日常の風景となって久しい韓国。「何よりもまずイルチャリ(雇用)」と高らかに宣言し、2017年5月に就任したのが現在の文在寅大統領だ。当初の支持率は80%前後にのぼり、南北首脳会談の実現など華やかな話題も続いた。だが最近は、じりじりと進む支持率の低下に苦しんでいるようだ。

 年末には、厳しい結果を示す世論調査の結果が相次いで伝わってきた。「ギャラップ」の調査(12月第3週)では、文在寅氏への支持率は45%。不支持率は前週より2ポイント高い46%になり、ついに支持を上回ったという。「リアルメーター」(12月第4週)では支持率43.8%に対し、不支持率が51.6%だった。

 ギャラップの調査によると、不支持の理由で最多は「経済・国民生活問題の解決不足」で47%を占めた。「最低賃金の引き上げ」や「雇用問題」「庶民の苦境」といった項目も含めれば事実上、半数以上が経済関連の不満になる。

最も関心の高い政策テーマは「経済」 

 私は過去10年あまり、韓国の経済や社会課題、人々の暮らしなどを取材してきた。2008年から3年間、特派員として韓国各地を歩き、帰国後も毎年のようにソウルや地方を訪れている。急速な経済成長を遂げ、サムスンやLG、現代自動車といった世界ブランドも輩出した韓国だが、最近は成長も鈍り、貧富の格差や急速に進む少子高齢化、不十分な社会保障、といった課題が山積だ。5年ごとに選ばれるどの大統領にとっても、「経済」は政策の最大のテーマの一つであり、国民の関心も高い。

 少し時計の針を戻してみたい。

 文在寅氏が勝利した2017年の大統領選。投票日まで1カ月を切ったころ、私は取材で韓国にいた。文在寅氏の優勢が伝えられるなか、新しい大統領に何を期待するのか――。ソウルや釜山の街中を歩き回り、行き交う人々に話を聞いた。

「清廉潔白。これしかないでしょう!」

 釜山大学の近くで会った学生が開口一番、言い切ったのが印象的だった。そして、求める政策として関心が高いと感じたのは、暮らしの改善、雇用の創出といった経済関連だった。勤め帰りの会社員から就職活動中の学生まで様々に、経済を良くしてほしい、という声を聞かせてくれた。

 当時書いた新聞記事でも紹介したが、交際中の女性との結婚を考えているという30歳代の会社員の男性の言葉を、今もよく覚えている。「新大統領にはぜひ、経済や雇用が安定し、多くの仕事が生まれるような施策を進めて欲しい。誰がなっても、それが一番の望みですね」。多くの韓国の人々の切実な声でもあったと思う。

依然高い失業率、最低賃金引き上げの公約は撤回

 当時から1年半以上が過ぎた。文在寅政権の進める経済政策が順調に結果を出している、とはまだまだ言い難い状況が続く。

 雇用の伸びは低調で、若い世代の失業問題も深刻だ。15~29歳の失業率は足元で少し下がっているが、依然8~10%前後で高い水準にある。就職自体を諦める人も多く、実態は統計よりはるかに深刻だとは、かねて指摘されるところだ。

 経済成長率の見通しは2018年、19年とも2.6~2.7 % にとどまる。まだ平均して4%台を保っていた2000年代と比べれば、成長の鈍化はすっかり定着しつつある。

 韓国政府は12月17日、経済の現状と今後の政策をまとめた「2019年 経済政策の方向性」を発表した。「家計所得の不振、社会の安全網の不足などで両極化が強まっている」「主力産業の競争力の低下や革新の遅れなどで、潜在的な成長力の低下が続いている」。厳しい現状への言及が目に付く。

 韓国大統領府によると、文在寅氏は12月末に経済専門家を集めた会議の冒頭で「韓国経済について最近、沈滞や不振といった話が多く聞かれ、さらには未来が思うように見通せないという憂慮などもあるが、韓国経済が再び活気を取り戻し、未来に向かって走っていけるように、良い議論を期待したい」と述べている。

ソウル中心部で2018年8月29日、豪雨のなかで開かれた最低賃金引き上げ政策に抗議する自営業者らの集会=東亜日報提供

 文在寅政権が掲げた経済政策の柱は「所得主導成長」だ。雇用の拡大や賃金の上昇を後押しして人々の懐を暖め、景気を良くし、経済を成長させていくというもの。「革新成長」も掲げ、新しい雇用の受け皿となる中小・ベンチャー企業の支援も重要視している。大企業が強い立場を利用して中小企業に不利な取引を強いることにも目を光らせ、中小企業の待遇改善にもつなげるという。

 経済政策をめぐっては混乱もみられた。2年連続で最低賃金を10%以上引き上げるという思い切った手を打ったが、急速な引き上げに収益を圧迫される中小零細事業者らが反発。人減らしに動くなどし、むしろ雇用状況を悪化させたとも指摘されている。

 2020年に最低賃金を時給1万ウォン(約1千円)まで引き上げるとした公約は結局、撤回に追い込まれた。こうした状況も支持率低下の一因だろう。

「人が中心の経済」への転換なるか

 思うにまかせぬ現状ではあるものの、まだ、経済政策への評価は早すぎるだろう。

 文政権は「人が中心の経済」を掲げ、経済の構造転換を強く打ち出す。従来から韓国経済の「主役」だった大企業と輸出に頼るだけでは国内経済への恩恵も、暮らしの好転にも効果が限られる中、格差を小さくし、将来へ安心をもたらすには人々の暮らしの「底上げ」も重要になる、ということだろう。

 だが、それは一つの政権が短い時間で明白な成果を出せるほど簡単なものではない。

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