宗教的背景が違う人々との共存を、外国人が多く暮らすつくば市の幼稚園を舞台に考えた
2019年01月03日
多民族が暮らす社会は、多様な宗教が共存する社会でもある。
外国人研究者らが多く住む茨城県つくば市の公立幼稚園に子どもを通わせている母親から朝日新聞の「声」欄に投稿のメールが届いた。タイトルは「宗教が違っても仲良く」。無宗教が一番多いと言われる日本人は、宗教上の制約に疎い。どのような取り組みをしているのか、知りたくなった。
茨城県つくば市の主婦、福岡由佳さんから届いたメールは、2018年9月26日の朝日新聞東京本社版の「声」欄に掲載された。
幼稚園で学ぶ5つの宗教の共存
私の子どもが通う幼稚園には昨年、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教を信仰する家庭のお子さんが通っていました。日本人の中に、神道と仏教を信仰する家庭の方がいるであろうことを考えると、五つの宗教が存在していたことになります。
イスラム教の家庭のお子さんは、お肉や調味料(みりん、日本酒などのアルコール)が教義にかなわないため、給食ではなく、お弁当を持参しています。クリスマス会と、ラマダン後の数日は欠席しています。
例年、幼稚園で収穫したじゃがいもを調理してカレーライスを作って食べていました。今では、イスラム教とヒンドゥー教の家庭のお子さんに配慮して、ふかし芋やポテトサラダにメニューを変更し、みんなで一緒に食べます。保護者の交流会のお菓子は、アルコールや牛肉が含まれないものに変更しました。
宗教上の理由で、食べ物や習慣に配慮が必要ですが、おおむね、子どもたちは同じ行事や遊び、歌、お遊戯を体験し、親も大きな問題なく、幼稚園生活を送っています。宗教は違っても、お互いになかよく暮らしていけそうです。日本は素晴らしい国だと思います。
福岡さんの子どもが通う幼稚園は、つくば市立桜南幼稚園だ。
宮本由美子園長によると、現在4歳児と5歳児の計43人を6人の教職員がみている。両親が外国人の子どもは、フィリピン人2人、チュニジア人1人、インド人1人の計4人がいる。「来年は、韓国とパキスタンの子が入園する予定です」と説明する。
掲載後、福岡さんを訪ねた。つくばという土地柄、「ここの幼稚園は、日本人でも外国で暮らし、そこで寂しい思いをしたことがある人がいるから、外国人の母親の気持ちを察することができる面があるのかもしれません」と話す。
地域で一緒に暮らしていて感じるのは、宗教を背景にした生活習慣の違い、ギャップだ。
桜南幼稚園に通う母親、チュニジア人のウェスラティ・カウラさんは7年前、筑波大学で研究する夫のもとに来た。桜南幼稚園に通う長女(5)と長男(1)がいる。
「日本に来ることへの心配は、全然ありませんでした。日本は宗教ハラスメントが心配なかった。フランスやアメリカでは、ヒジャブを巻いていると色々言われるでしょ。パリにいる知人は、大学教授だけど、仕事中はヒジャブを外さないといけない。日本はとても自由」
国によって、ヒジャブの着用に制限を設けているためだ。
ウェスラティさんが一番困ったのが、食事だった。
イスラム教では、ブタ肉やお酒が禁じられていることが知られている。しかし、ブタ以外の肉も、イスラムの教えに則った方法でと畜・加工処理されなかった肉は食べられない。豚肉やアルコール、加工処理方法が不明な牛脂などが入った調味料や食材、お菓子も食べない。
最近は、お店や食材などで「ハラール認証」という言葉を聞くときがある。これは、適正に処理をされた食材である証明のことだ。そのため、ウェスラティさんの長女は、給食でなく、お弁当を持って幼稚園に通う。それでも、お弁当づくりは大きな苦にはなっていない。
「子どもにとって、日本のような安全な国はありません。銃もなく、人さらいもなく、教育レベルがだいたいそろっています。ただ、一つ残念なのは、市役所でも病院でも、もっと英語を話してくれればいいのに、と思います」
幼稚園側も、最初から宗教的なことにパーフェクトに対応できたわけではない。桜南幼稚園などつくば市内の公立幼稚園では、少しずつ改善が試みられてきた。
34年のキャリアを持つ園長の宮本さんは、様々な経験やそこから学んだことを紹介してくれた。
幼稚園の行事で、近くの公園に親子でピクニックに行ったときの話だ。公園で体を動かし、グループごとにお弁当を食べ始めた。そのとき、ムスリムの両親が何も食べていないことに園長らが気付いた。
尋ねてみると、「ラマダンなので、日が沈むまで食べられないんですよ」という言葉が返ってきた。ピクニックをラマダンの期間に設定していた。
クリスマスは、「私たちムスリムだから、クリスチャンのお祭りの日は幼稚園を休もう」という家庭が少なくない。一方、ラマダン明けの日は、幼稚園や学校を休んで家族で旅行に出掛ける習慣がある。
福岡さんも、子どもが幼稚園で一緒に生活する機会を得るまでは、このようなことを詳しく知らなかった。
幼稚園には、アレルギーの子どもに対応するフォーマットはあるが、ムスリムの子どもたちへのフォーマットはまだない。しかも、入園を希望する保護者が、日本語を話せるかは分からない。
母親によっては、給食を食べる日本の子どもと似たようなものを食べさせたい、と考えている親がいる。そんな母親には「料理名を言ってもなかなか分からないので、1カ月間の給食メニューの写真を見せました」(宮本さん)。
幼稚園で月1回あるお誕生日会は、クッキーやゼリーなど市販のお菓子を購入しておやつとして出す。例えば、原料に動物性たんぱく質であるゼラチンを使ったゼリーはやめ、寒天で作ったゼリーに変えた。幼稚園側も、成分表を確認して、代替できるものは代替品で同じものを食べられるように配慮している。
そういった配慮をする背景には、「ムスリムの子はお弁当を持ってきますので、せめてお誕生日会ぐらいは同じものを食べさせてあげたい」という気持ちが幼稚園側にも強いからだ。ともに学ぶことは、「日本の子どもたちが外国の文化を知るきっかけになる」と考えている。
保護者たちも主体的に改善を始めた。
例えば、交流会といったイベントだ。子どもが好きなカレーのルーには牛脂が入っていた。イスラム教とヒンドゥー教の子どもに配慮して、ふかし芋やポテトサラダに変更することで、交流会に参加して一緒に食べられるようにした。福岡さんは「アレルギーの子への対応と同じです」と振り返る。
このようなちょっとした配慮や助け合いは、入園時でもある。
幼稚園に通う前、手製の袋を使うように求められるケースが多い。コップやはしを入れる袋、上履き入れ、手提げバッグといったものだ。そういうものについては、入園説明会時に、在園生の保護者が幼稚園グッズの即売会を開き、50円や100円で購入できるようにして、負担を軽くする工夫をしている。
こう見ていくと、宗教的背景によるギャップだけではないことが分かる。生まれ育った文化や教育制度の違いによるギャップや壁もある。日本に来て家族で生活するということは、その壁が連続的にあるということであり、共に暮らす日本人は、一つ一つの壁の背景に思いを巡らすことが重要になる。
日本人の保護者なら、運動会や夏祭りのお知らせでも、子どもに「保護者への手紙」を持たせるだけで済むことが多い。しかし、外国人の場合、子どもを迎えに来たときに口頭でも伝えることが大事だという。
運動会の服装で、「白っぽい服装なら何でも可」と保護者への手紙に書いたことがあった。しかし、外国人にとっては、あいまいな表現だった。運動会当日、ある外国人の子どもは色の付いたTシャツで参加していた。開会式で親が気付き、急いで白い服を自宅から持ってきて着替えさせていた。
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