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神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら

気鋭のプロたちの著作権改革案、開幕の辞

福井健策 弁護士(日本・ニューヨーク州)/日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授

はじまりは、著作権の明快解説で人気の福井健策弁護士が主宰する勉強会でのプレゼン企画でした。「もし神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を与えられたらどこを変えるか」という問いかけに、気鋭の実務家・研究者の皆さんが大胆に提言したのです。これを内輪にとどめておくのはもったいない。ネット時代にあって、著作権は多くの人に身近となりました。保護期間延長など著作権法大改正から間もない今、プロたちの描く「明日の著作権像」をリレー連載形式で伝えます。まずは福井弁護士の「開幕の辞」から。(WEBRONZA編集部)

著作権問題を解説する福井健策弁護士=2018年9月20日、東京都中央区

神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を与えられたら…

 明けましておめでとうございます。保護期間は延長されたけど、私は元気です。

 「骨董通りリンク」という、耳慣れない名前の勉強会があります。おおむね20~40代の知的財産権系の実務家・研究者から成る、クローズドな勉強会です。聞く人が聞けばすぐにわかるでしょうが、名前は平田オリザさんが主宰する若手劇団ネットワーク「青年団リンク」からお借りしています。

 これまで、豪華ゲストを招いて文化・メディア・スポーツ分野の先端実務についてレクチャーを伺ったり、はたまた面白い活動をしている美術館や映画館、果ては漫画家さんの自宅を開放して頂いて現場の方々とトークセッションしたりと、楽しい秘密会合を繰り広げて来ました。

 それがついに10回目を迎え、特別企画でさあ何をやるか、となりました。

 選ばれたのは、「泰斗・中山信弘先生を招いて、各々が自分なら著作権法のここを変える、という改正アイディアを伝えて論評して頂く」という、ご本人に相談無しの企画。

 学士院会員をつかまえてあきれたストーカー集団ですが、だいたいこういう企画案は前の会の打ち上げで承認されるので全員強気です。酔いがさめてうっすら後悔しましたが、幸い、中山先生にはふたつ返事でご快諾を頂けました。

 企画コンセプトは、これも読む人が読めばわかるでしょうが、孤高の経済学者・田中辰雄教授の論考(「ぼくのかんがえたさいきょうのちょさくけんせいど」)などに触発されています。

 我ながら、借りてばっかりです。

 もうこうなったらということで田中教授も招き、更にプリンス・上野達弘教授にもゲスト審査員をお願いしました。少なくとも審査員は最強です。

 ルールは単純で、「もし神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を与えられたらどこを変えるか、ひとり3分間スライド1枚で発表する」というもの。これに「中山信弘賞」と「田中辰雄賞」を両先生が選んで授与し(上野先生は中途参加のため授賞はせず)、更にメンバーによる投票1位も決める。

 条約との関係での実現性は求めるのかという質問が出ましたが、神様と条約との優先関係なんてどの本にも出てなかったので黙殺しました。結果として、既存の条約の縛りにも配慮して、ギリギリの実現性を狙う提案が多かった気がします。また、そんな指定をした訳でもありませんが、ちょうど保護期間の延長が決定した直後だったため、作品を死蔵から守るための提案の比率がやや高くなりました。

大胆提案の数々をダイジェストで

 さて、大盛り上がりだった本番での提案内容は、以下です(敬称略)。

・金子敏哉(明治大准教授)公表後30年が経過した著作物に100%の資産税を課し、著作権物納を認める
・平井佑希(ライツ法律特許事務所)事態を複雑化させる著作者人格権を大幅削減し、「名誉声望を害する」場合だけに制限
・橋本阿友子(骨董通り法律事務所)保護期間の計算をあまりに複雑化している旧著作権法からの卒業(2020年で適用終了)
・水口瑛介(湊総合法律事務所)DJプレイを可能にする制限規定を導入
・柿沼太一(STORIA法律事務所)著作権法版サンドボックス制度で、実験的な新制度導入を可能に
・生貝直人(東洋大准教授)保護期間の最後の20年は絶版作品のデジタルアーカイブ利用を可能に
・水野祐(シティライツ法律事務所)著作物と認定されるか否かで扱いが全く違う「オール・オア・ナッシング」の解消
・岡本健太郎(骨董通り法律事務所)故意による侵害以外は差止請求権を制限し、しかも過去の成果物の利用継続は可能に
・永井幸輔(LINE株式会社)過去作品をデジタル・リマスタリングした者に5年間の報酬請求権を与えて修復公開のインセンティブに

知的財産法の第一人者である中山信弘・東大名誉教授
 もう冒頭からすごい。「中山教授最強最後の弟子」と筆者が勝手に呼んでいる金子敏哉は、留学中のハーヴァード大からスカイプ参加。公表から一定期間が経過した時点で著作権には100%の資産税(!)を課し、著作権自体での物納を認める。著作権は国が10年ごとに入札にかけて収入の80%は本人・遺族に分配。そして(大半であろう)入札者なしの作品はその期間は自由利用可にするという、権利死蔵問題の完全決着案です。しかも「これなら著作権法の改正はいりません」という、あなた企画意図読んでましたかの提案で、まずは会場の度肝を抜きました。

 次いで権利保護の闘士・平井佑希。「海賊版関連ではありません」で沸かせた後、ほぼイラストだけのスライドを映しながら、「人格権の縮減」をさらっと笑顔で提案しました。著作者人格権とは、著者の意に反する作品の改変は一切禁止できるなどの強い権利。著者の死後は、「故人の意に反するか否か」の曖昧さが利用の壁になります。これは実は国際条約(ベルヌ条約)より強い保護なので、ベルヌ水準に合わせて「著者の名誉や声望を害する利用のみを対象にすべし」と説きました。

 ピアニストでもある橋本阿友子の提案は、旧著作権法からの卒業。「死後70年」に延長された著作権の保護期間ですが、実はそこには更に保護を長期化・複雑化させる、いくつもの付加規定があります。そのひとつが「1970年以前の旧著作権法と現行法のいずれか長い方の保護期間を優先する」という規定(附則7条)。この目立たない条文のせいで、古い映画の保護がいつ終わったかの確定は至難なのです。「付加規定は負の遺産なので2020年で終了させて卒業しよう」と呼びかけました。

 法律家としてミュージシャン達をサポートする水口瑛介は、参加者中もっともシンプルに「DJプレイを許す規定の導入」で勝負しました。リアルタイムのDJプレイはともかく、その配信や音源化はかなりはっきり編曲権や(前述の)著作者人格権に抵触しそうです。しかしJASRAC等は実はこうした権利は管理しておらず、「著作隣接権」の問題もあって現状はグレイで行うかあきらめるか。これを特別規定で認めるべき、という一点突破の提案です。

 AIと著作権で名をはせる柿沼太一は神戸から急きょの参加。全く違う切り口から「著作権版サンドボックス制度の導入」を提案しました。サンドボックス制度(生産性向上特別措置法)とはあらたな技術が登場した場合に実証実験の間は規制をはずす、いわば地域を限定しない期間限定の「特区制度」。これを著作権でも可能にして、新技術の試験導入中は著作権の適用を一時停止するという提言で田中教授を喜ばせました。

 そして多方面で活躍中の生貝直人。最も準備が遅れ発表すら危ぶまれましたが、出した提案はシンプルだが力強い「保護期間の最終20年アーカイブ可能化条項」。これは米国が1990年代に著作権の保護を延長した際に導入された、セーフガードの規定です。長期化で権利処理が難しくなり死蔵作品が増加する危険があるため、延長分の最後の20年間は、市場で流通していない作品の非営利デジタル公開は権利処理なく可能にしようと提言しました。

 法のデザインならエキスパートの水野祐は、「著作物のオール・オア・ナッシングの解消」を考えました。現行法では、ある作品や情報が「著作物」と認定されると、許可がなければ使えないという強い保護が与えられる。他方、著作物でないとされた情報は基本的には無保護で誰でも無償・自由に使える。著作物かどうかの判断は微妙なのに、この極端な扱いの差を何とかしたいという問題提起です。むしろ思考過程、意欲的な「ワーク・イン・プログレス」の公開となりました。

 ダンサー弁護士・岡本健太郎は、水野的な「オール・オア・ナッシングの解消」を権利の行使の面ではかろうとしました。現在、権利侵害には行為の差止(=表現禁止)と損害賠償がセットで適用される。非侵害なら、何もない。しかし侵害と非侵害の境界は曖昧です。中間領域を作ろうということで、差止請求は故意による侵害だけで可能にし、過失で侵害をしてしまった場合は賠償のみとする。また、既に作られた二次創作品などの継続利用は原則可とするという、かなり思い切った流通促進策です。

 変わり続ける情報社会の前線で活動する永井幸輔は唯一、権利の創出を提案しました。「過去作品をデジタル・リマスタリングした者に5年間の報酬請求権を与える」というもの。動機が面白い。古い作品を修復保存しても、その高画質・高音質データは「著作権切れの作品の単なる良いコピー」とみなされるので、元の権利が切れていれば利用は自由となる。それでは修復・保存が進みにくいので、短い期間、その高質データの利用者から対価を受け取れるようにして、インセンティブにしようというのです。

著作権の明日はどっちだ?

 事前の調整も何もないのに、提案には見事に重複がありませんでした。どの提案がどの賞を取ったかは、この連載の最後にお伝えしようと思いますが、とにかく審査員の講評も会場投票も全提案が接戦だったことは記しておきます。

 話を聞きつけ、「3分の提案ではもったいないのでそれぞれコラムにまとめないか」と持ち掛けていただいたのが今回の企画です。

 次回以降、(もう少し練る水野さん以外の)メンバーがそれぞれの提案を膨らませ、適宜軌道修正しつつ毎週1本ずつコラムにしていくそうです。

 上記の紹介はイベント時の内容なので、我に返って地道な方向にシフトするのか、更に妄想が膨らんで取り返しのつかない内容になるか。心躍らせて毎号を待ちたいと思います。

 という訳で始まった2019年の、著作権の明日はどっちだ?

 ……最後まで真似かい。ちばてつや先生、ごめんなさい。