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アベノミクスの最終評価は?

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

経済3団体の新年祝賀パーティーであいさつする安倍晋三首相=2019年1月7日、東京都千代田区

 今年の日本は、選挙の年である。4月には自治体の首長や議会議員の選挙が集中する統一地方選があり、7月には28日の任期満了に伴う参議院選が予定されている。さらに、状況によっては衆参同時選挙の可能性も噂されており、正に安倍政権の真価が問われる年となろう。安倍首相の在職日数は、このまま続けば今年8月24日に佐藤栄作氏の2798日を抜いて戦後1位となり、11月20日には戦前の桂太郎氏が持つ2886日という記録を超えて歴代1位となるが、選挙結果次第ではこれらの記録更新を待たずに退陣に追い込まれる可能性もあるため、選挙結果を左右する安倍政権への評価が注目される。

アベノミクスを何で評価するのか

 選挙の論点は幅広いが、経済政策に限れば、何よりも安倍首相自ら実績をアピールするアベノミクスであろう。肝心なのは、その評価基準である。これが違えば、評価も自ずと違ってくる。筆者などのエコノミストは、国内外の様々な立場の方からアベノミクスの評価を求められるが、その際に困るのが、この評価基準である。国内では、国民の生活が豊かになったのか、経済成長率が高まったのか、株価が上昇したのかなど、海外からはアジア経済の牽引役としての影響力、投資対象としての成長余地、少子高齢化先進国としての問題解決力など、各々の評価軸は多岐に渡る。

 そのため、ここではアベノミクスの評価基準を始めに明示しておくが、なによりも第一に挙げるべきが「デフレ脱却」であることには異論ないだろう。デフレは、放置するとインフレを前提に構築された社会の制度・慣習を破壊し、経済を縮小均衡に誘導、国民生活は著しく悪化する。第二には、「持続的な成長力」の確保であろう。その場凌ぎの政策で一時的に景気を持ち上げたところで、根本的な成長力がなければ、それは見せかけの繁栄であり、持続性がないばかりか、いずれそのツケを払うことになる。再びデフレに陥らないためにも、自律的に成長を続けるための地力を高める必要がある。

 最終的な目標については議論が分かれるところであろうが、ここでは「財政再建」を挙げておきたい。主要国において国の政府がGDPの2倍を超える債務を抱える例は他になく、その維持可能性は低金利、すなわちデフレに近い低インフレという環境下によって担保されている面が強い。今後、正常なインフレを目指すとすれば、その実現がもたらすのは金利の上昇であり、政府の金利負担の急増である。念願であるはずの経済正常化が成ったところで、多大な金利負担が政府財政を圧迫し、社会保障や国防、インフラ建設、消防、治安維持など政府サービスの提供に支障が生じることのないよう、財政の健全化を並行して進めていくべきだと考えるからである。

「デフレ脱却」は成るも不十分

 以上3つの基準についてアベノミクスを評価すると、第一の「デフレ脱却」は、これまでの大胆な金融政策と大規模な財政政策により、一応は実現できているだろう。総務省の統計によると、消費者物価は、変動が大きい野菜などの生鮮食品やガソリンなどのエネルギーや消費増税分を除くと、2013年終盤以降、前年比で上昇しており、この5年は少なくとも「デフレではない状態」が続いている。

 ただ、物価の上がり方が心許ないことも事実である。消費者物価の上昇率は、上記のベースで2015年の後半に前年比で1%を超えることもあったが、2016年以降は1%を下回り、ここ2年に限れば概ね0.5%以下、ほぼゼロといった状況である。周知の通り日本銀行は消費者物価上昇率の目標を2%に設定、その実現のために大量の資金を供給しているが、物価目標に遠く及ばない状況が続いている。

日銀の金融政策決定会合後、記者会見する黒田東彦総裁=2018年7月31日、東京都中央区の日銀本店

 かといって、大量の資金供給をするため多額の国債購入を続け、既にGDPと概ね同規模の550兆円まで資産が積み上がっている日銀に、残された選択肢は乏しい。そもそも2%という物価目標は、物価上昇率の格差からくる円高圧力を回避するために米国やユーロ圏に合わせたものである。円高は景気の悪化や輸入品価格の低下を通じてデフレの原因となるため、2%という目標はデフレへの後戻りの目を断つために有効だとされているが、その旗を降ろして代替案を考え出すべきなのか、アベノミクス第一の矢とされた金融政策は思案の為所を迎えていると言える。

 現在の日本経済の状況は、企業の資金調達環境や個人ローンの審査が厳しくないことから判断する限り、資金供給が不十分であるが故に成長や物価の上昇が抑え込まれている訳ではないだろう。むしろ、限界的な景気刺激効果が低下したようにも見える金融政策に過度な期待をすることは、デフレ脱却後の混乱を増幅する恐れがあるばかりではなく、政府の経済政策運営に責任転嫁の余地を与えることにもなりかねない点に留意すべきではないだろうか。

「持続的な成長力」は規制緩和に期待

 そうは言っても、デフレ状態から脱却したことはアベノミクスの大きな成果であろう。ただ、再びデフレに陥らないための「持続的な成長力」の実現となると、道半ばと言わざるを得ない。確かに今回の景気拡大は、第2次安倍政権が発足した2012年12月を起点に、今年1月も拡大が続いているとすれば6年2ヵ月に及び、これまで戦後最長だった通称「いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)」を上回る長さとなる。しかしながら、途中に前回の消費増税後の景気停滞を含んでおり、そもそも成長の度合いという観点では過去の大型景気と比ぶべくもない。

 そして、その一因がアベノミクス第3の矢「成長戦略」の

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