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著作権の保護期間 旧法からの軽やかな卒業

神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら(2)

橋本阿友子 弁護士(骨董通り法律事務所)

輪をかけて保護期間を複雑化させる戦時加算

 これだけでもちょっと計算が面倒だと思いませんか? しかし、保護期間との闘いはここからです。

 上記に加えて、保護期間には非常に厄介な問題があります。戦時加算です。

 第二次世界大戦前・戦中の連合国(米・英・仏など)の作品の著作権は、著作権法上の保護期間に戦時期間が加算されます(いわゆる戦時加算特例法4条)。戦時期間中に連合国の著作物が日本で使用されなかったことへの補償の趣旨で、敗戦国の日本が(かつ、敗戦国の中でも日本のみが)強要された、第二次世界大戦の不平等条約によると言われています。

拡大講和条約締結のためサンフランシスコを訪れた日本全権団を歓迎する在留邦人主催の歓迎会=1951年9月4日、米サンフランシスコ・フェアモントホテル

 戦時加算は新法下でも残り、主な連合国について、70年に最大10年5ヶ月が加算されます。よって、これらの戦前作品の日本での保護は実質的に80年強と考えなくてはならなくなりました。

 例えば、1959年没の著作者の作品は、改正前の死後50年の算定で2009年12月31日に保護期間が満了するはずです。しかし、この著作者がフランス国民で1943年5月2日に作品を創作した場合、この作品の著作権は、1943年5月2日からこのフランスとの戦争が終わった(日仏間でサンフランシスコ平和条約が締結された)日の前日1952年4月27日までの3284日が加算され、2018年12月28日まで存続すると考えられます。

 この創作が1日前の1943年5月1日であれば、戦時期間3285日が加算される結果、2018年12月29日に著作権がまだ存在するため、新法が適用されます。そして死後70年の2029年12月31日に3285日が加算され、2038年12月29日まで著作権が存続することになるのです。後者は、戦時加算と新法の改正の合わせ技により通常より実に29年も長く保護されることになった著作物の例です。

改正の度に現れる、改正前の法律の引継ぎ

 保護期間の計算が複雑になってきました。しかし、闘いはこれだけでは終わりません。

 先ほど、「改正のタイミングで既に保護が切れた作品の著作権が復活することはない」と書きました。これは今回の、50年から70年への改正の話でした。

 しかし、同じことが、実は1971年にも起こっていたのです。

 現行法より前の法律(旧法といいます)適用下の1970年12月31日までは、保護期間は基本的に著作者の死後38年とされていました。この1970年改正の際にも、今回の改正と同様、「施行の際既に著作権が消滅した作品を除いて、現行法の保護期間に乗り移る」と規定されていたのです(現行法附則2条。施行日を区切りにしている点で今回の改正とは異なります)。

 この附則に基づき、旧法の保護期間で計算した結果、施行の際(1971年1月1日)に既に保護期間が満了していたかを考慮しなくてはなりません。そのため、1970年12月31日までに創作された著作物に関しては、新法になった今も、旧法の計算方法を知っておかねばならないのです。


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筆者

橋本阿友子

橋本阿友子(はしもと・あゆこ) 弁護士(骨董通り法律事務所)

弁護士(骨董通り法律事務所)。兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。神戸大学非常勤講師。専門は音楽著作権など。主な著作に「著作者人格権の処分についての序論的検討」(金沢法学59巻1号)、「USER RIGHTS DATABASE - MEASURING THE IMPACT OF COPYRIGHT BALANCE」(Japanのみ担当、上野達弘教授との共著、infojustice.orgウェブサイト)、「ヤマハがJASRACを提訴 - 音楽教室での演奏は聞かせる目的?教育目的?」(BUSINESS LAWYERSウェブサイト)がある。ピアニストとしても活動しており、コンクール受賞歴のほか、ニューヨークのカーネギーホールでの演奏経験を持つ。