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東南アジアのビジネス・リスク

佐藤剛己 ハミングバード・アドバイザリーズ(Hummingbird Advisories)CEO

 2019年もすでに1月後半。今年は混沌した時代の始まりを予兆するように、極のない動きが年初から散見される。米中関係の悪化は解決の目処が立たない。ファーウェイの問題はカナダに続き、「一帯一路」の重要国だったはずのポーランドにも飛び火、同国から製品が締め出されようとしている。中国の反発は凄まじい。

 米中の動きに呼応するかのように欧州、中南米はもとより、筆者の守備範囲である東南アジアの各国政治も自国権益防衛のため、ますます専横化著しく、英紙The Economistが毎週のように憂う「Identity Politics」の増長は随所で見られる。今年4月のインドネシア大統領選がその試金石と言われる。

インドネシア大統領選で初の公開討論会がジャカルタのホテルで開かれた=2019年1月17日

 日本の外交も危ない橋を渡る。韓国との関係は、徴用工問題やレーダー照射などでかつないほどに悪化。日ロ関係も極めて難しい局面となっている。どこかにいい解決策はないものかと専門家の意見を探ってみても、百家争鳴。何を軸に判断すればいいのか、ますます分からなくなってくる。

 議論の相手はいないかと日本企業の方々に話を向けると、大方の第一声は「どうしたもんでしょうか」と引っ込み思案。逆に、欧米系のビジネスパーソンの政治知識への貪欲さには舌を巻く。試合巧者の彼らに触発され、まだ「年初」と許されるうちに、今年の東南アジア・リスクを、政治・外交面、また地政学の面からビジネスに与える影響という視点で考えてみた。

 昨年2018年の今ごろは次の5つを上げていた。どこにも言わず終いだったが、結果的にはいずれも経済活動に与えたインパクトは大きかったのではないか。

 • 北朝鮮問題

 • 中国一帯一路の影響力増加

 • アメリカのプレゼンス(影響力)低下

 • 東南アジアの選挙(タイ、マレーシア、カンボジア、インドネシアでの2019年選挙への政治工作)

 • 日韓関係の悪化

 外したのは米中摩擦がここまで進展するとは想定しなかった点。両国関係は今では、「米中サイバー戦争」「米中新冷戦」と表現されるほどに悪化し、特に製造業にとっては痛手で、バリューチェーンの修正、変更を余儀なくされている。

 さて、今年の東南アジア・リスクには次の5点を上げたい。

 1. 国境を越えたサイバー戦の悪化(政府:施策導入の遅れ、民間:人材枯渇)

 2. 「南進」中国と「引き潮」米国がもたらす地域バランス不安定化(引き続き)

 3. SDGsやESG由来のレピュテーション・リスク増大

 4. 草刈り場になるミャンマー(中国、ロシア、イスラム過激派に対してまとまらない旧西側支援体制)

 5. 自国主義・専横化が進むアセアン各国の政治と、選択的になる外資導入基準

 このうち、上記3つについて筆者の知る限りでビジネスに及ぼしそうなリスクを予見してみたい。

1. 国境を越えたサイバー戦の悪化

 年初から、データ漏洩やDDoSのニュースは世界のあちこちで表面化している。東南アジアでも警戒の声は強い。この地域で軍の練度が高いとされるシンガポール、マレーシア、タイなどは、軍が友好国からのノウハウを吸収し、これをサイバー対策に生かして国家防衛に励んでいる。だが、これらASEAN大国を含めても、何より深刻なのはサイバー防衛にあたる人材の不足だ。

 昨年、サイバー業界のリサーチで当地複数国の関係者にインタビューする機会があったが、「人材不足」「サイバー教育の遅れが最も深刻」と異口同音だった。ネガティブな話は報道しない(少なくとも上に忖度して刺激しない)のがお約束の東南アジア、人材不足の事態はほとんど表に出ないが、準備不足を招く大きな要因である。その一例はWikileaksにもすっぱ抜かれた通り、かなりの東南アジア各国軍が、防衛用も敵対的ハッキング用も含め既製品の民生プログラムを購入、または購入検討していたことだ。

安倍晋三首相との首脳会談に臨むシンガポールのリー・シェンロン首相=2018年11月15日、シンガポール
 去年は、中国政府とみられるハッカー集団がカンボジアの選挙システムに侵入していたと見られる事案、シンガポールのリー・シェンロン首相の健康データがハッキングされた事案、ウクライナ発でロシア人による一大ハッカー集団「Infraud」頭領がバンコクに潜伏していたところを逮捕された事案など、挙げればきりがなかった。筆者がコンタクトを持つ域内企業にも「納入業者なりすまし」などで相当額を詐取される事案が複数あった。今年はそれでは済まないかもしれない。

2. 「南進」中国と「引き潮」米国がもたらす地域バランスの不安定化

 米国は昨年末、両派議会の圧倒的支持を得て「アジア再保証推進法」を設立させた。米国がインド・太平洋地域への関与を改めて強めることを定めた法律で、今後5年間で15億米ドルをアジアの軍事・経済支援に注ぐことになる。が、身を引いてきた米国が戻る場所はすでにないのではないか、と思うほど東南アジアでは中国の南進が進んでいる。

 海での覇権主義に比べあまり目立たないが、ここ1、2年、中国のアジア問題担当特使、孫国祥(Sun Guoxiang)氏のミャンマー訪問が活発化している。孫特使は、ミャンマー中央政府と、民族紛争を続ける4民族で構成される「北部同盟」の仲介を続けていて、国としても和平交渉進展のために300万米ドルを拠出。中国はすでに、ミャンマー和平の大きな鍵を握る存在になっている。

中国製の携帯電話も数多く並ぶホーチミン中心街の電器店=2019年1月22日、筆者撮影

 中国の東南アジアICT市場への浸透も早いスピードで進んでいる。中国製品の携帯電話やコンピュータのマーケット浸透度は抜群。ファーウェイと共同研究するシンガポール企業や日本企業なども数多に上る。東南アジアとの「インターネット経済圏」構築を目指して中国が2015年に立ち上げた「中国ASEAN情報港構想」(China-ASEAN Information Harbour Forum)は、中国と東南アジアをハイスピード・インターネットでつなぐ計画。ベトナムに程近い中国・南寧市で昨年9月に「デジタル・シルクロード建設によるデジタル経済の共有」をテーマに、3回目のフォーラムを開いた。インフラ整備進展は遅いようだが、2015年、16年に続ききっちりフォーラムを開き、各国から人を呼んでいる。

 今年に入ってからは、

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