統計がもたらす政策目標の達成
麻生氏は2月5日の国会中継でこの発言について、統計の指標が今の時代には即していないという問題意識にもとづいたものにすぎない、という趣旨の釈明をしている。だが、この発言以降、統計の指標を変えることによって政治の成果の見え方が変わる、という発想が広がっていく。たとえば、3日後の同年10月19日付「日本経済新聞」の「エコノフォーカス」は、そのひとつだ。
「GDP600兆円、政府が掲げるアベノミクス『新三本の矢』目標、新基準、20兆円上積み」と題したこの記事は、「新三本の矢」で掲げられたGDP600兆円の目標は、意外と容易に達成できるかもしれないと述べる。ここでは、16日の麻生発言を「一部指標は調査サンプルの偏りで実態以上に悪いと指摘し、基礎統計の精度向上を提案した」と引用、GDP推計の基準とされる国連の「国民経済計算(SNA)」の新しい基準に沿って、現在は付加価値を生まない「経費」として扱われている研究開発費を「投資」としてGDPに算入すれば、名目GDPが20兆円かさ上げされると指摘する。そのうえで、年3%の名目成長率が続けば2020年には600兆円を超えるとしている。
3%成長は起きず、この記事は構想倒れとなった。だが、ここで重要なことは、麻生発言以後、継続調査を通じて社会の変化を客観的につかみ恣意を排した適切な政策を打ち出す、という従来の統計の役割が、この記事のように、政策を効果的に「見せる」ショーケース、政策の不備を数字の操作で補う「政策の錬金術」の道具へと転換させられる事態が相次いでいることだ。この間、国会で問題になってきたいくつものデータ改変の背景には、そうした統計観の変化がうかがわれる。
2018年の裁量労働制のデータ改変は、裁量労働制で働く人の方が長時間労働の傾向がある、という客観的な調査結果がすでにあったにもかかわらず、
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