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エコノミストが懸念する統計不正の切実な問題点

重要だがどこかあやしかった毎月勤労調査にメス。統計の立て直しに向けた建設的議論を

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

政府の景気判断への影響を懸念

 不正発覚は多方面に影響を与えた。すでに報じられている通り、毎月勤労統計を用いて支給額が計算される雇用保険や労災保険は、統計の示す賃金水準が実際よりも低かったため、延べ約2000万人分、総額600億円近い追加給付が必要となり、昨年12月に閣議決定済みだった来年度予算案に、事務経費を含めた約800億円を追加計上するという前代未聞の対応を迫られた。公務員給与についても、今回の毎月勤労統計の修正に伴って見直しの可能性が指摘されている。他にも民間の賃金水準を参考に決められているものは数多いとみられる。

 景気の現状判断への影響も気掛かりだ。経済統計は景気の実態把握に不可欠なものである。それだけに精度の良しあしは、経済情勢の変化に対して最適な対応をとろうとする企業や政府、場合によっては消費者の行動にも誤った影響を与え、景気を不安定化する要因となる。

 なかでも賃金は、企業の業績改善が家計所得を押し上げ、個人消費など需要の拡大につながり、さらに企業業績を押し上げるという「景気の自律的な回復」において、企業と家計との間をつなぐ「要」にあたる。その重要なバロメーターたる賃金統計が正確性を欠けば、政府は景気の現状判断を誤り、景気の失速を見過ごす、あるいは逆に過剰な対策を打ち出すことにもなりかねない。

統計数字を歪めようとする意図はあったのか

厚生労働省=東京・霞が関拡大厚生労働省=東京・霞が関
 事ほどさように幅広い影響が懸念されることもあって、統計不正問題をめぐる議論は、その経緯や対応の遅れに対する批判からはじまり、最近では安倍晋三政権の経済政策の効果を疑う「アベノミクス偽装」論にまで及んでいる。以下では、こうした様々な論点から、経済統計のヘビーユーザーであるエコノミストの観点から幾つか選び、整理してみたい。

 第一の論点は、今回の騒動の出発点である、「東京都の大規模事業所について全数調査とすべきところを、なぜサンプル調査にしたのか」だろう。厚生労働省は、調査対象の削減を、東京だけでなく大阪などにも広げる方針であったことが確認されている。つまり、何らかの事情で作業の簡素化を図っていたと考えるのが自然であり、意図的に統計の数字を歪(ゆが)めようとしたとは考え難い。

 とすれば、調査対象を削減しても、統計の精度が維持できるという検証は当然、していたはずである。無益な議論をなくすためにも、どういう検証をしていたのか、結果も含めて公表を求めたいところである。

厚生労働省の対応はなぜ遅れたのか

 第二に、なぜ厚生労働省の対応が遅れたのかという点である。先に述べた通り、統計ユーザーなど多くの関係者は、昨年の早い段階で毎月勤労統計の公表値に違和感を持っていた。にもかかわらず、統計を作成し発表する側の厚生労働省がまったく気付かなったはずはない。

 単に現場からの報告がなく、調査の管理責任者は知る術がなかっただけなのか。それとも、組織としてしかるべき対応をとった後に、公表するつもりだったのか。何らか外部への影響に配慮したのか……。原因はいろいろと考えられるが、いずれにしても経済実態を正確に把握できない空白期間を作った責任は大きい。

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筆者

武田淳

武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠総研チーフエコノミスト

1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、伊藤忠経済研究所、伊藤忠総研でチーフエコノミストをつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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