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著作権法版サンドボックス制度

神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら(6)

柿沼太一 弁護士

Val Thoermer/shutterstock.com

適法か否かがはっきりしない

 リレー連載『神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら』、私が提案するのは「著作権法版サンドボックス制度」です。

 詳細は後ほど説明をいたしますが、これは「新しい技術やビジネスモデルの実証実験のために、一定の条件のもとに著作権者の権利を一時的に制限し、その効果・影響を測定して法改正を検討する」という制度です。

 こんなことを考えることがあります。

・ウエブ検索の黎明期に検索エンジンサービスの提供が著作権法上適法であることが明文化されていたら
・ユーザが自分で購入した音楽ファイルをクラウド上にアップして自分のスマホで楽しめるサービスの提供が一定条件(例えば権利者への一定割合の報酬支払など)の下で適法であることが明文化されていたら
・孤児著作物の利用促進のための拡大集中許諾制度が明文化されていたら

 もちろんこれはあくまで「妄想」です。例えば1つ目の例で言うと、日本で検索エンジンサービス普及が後れをとったのは日本の著作権法が原因とは限らないということは、色々なところで論じられています(たとえば平成29年4月文化審議会著作権分科会報告書30頁)。また、2つ目の例で言えば、「第14期文化審議会著作権分科会著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」では適法と整理されています。

 もっとも、著作権法の規定が技術開発や新しいビジネスを進めていく上でのハードルの一つになること、そのハードルと言うのは「明文で禁止されていることが原因」というよりも、「適法か否かがはっきりしないことにある」ということは言えるのではないかと思います。

グレーゾーンの適法性を確認・確保するには

 このような、いわばグレーゾーンでのビジネスの著作権法上の適法性を確認、あるいは確保しようとすると、現行法上は、①立法的な措置、②司法手続の利用、③契約の締結が主たる方法となります。

 ①の立法的な措置というのは著作権法を含む各種法令の改正のことです。

 ②については、具体的にはビジネスを開始しようとする者が権利者を被告として提起する著作権侵害不存在確認訴訟がその1つの例です。

 有名な例としては、たとえばMYUTA事件判決(平成19年5月25日東京地裁判決)があります。このMYUTA事件というのは簡単に言いますと「ユーザ自身が保有するCD等の楽曲をインターネット経由で事業者のサーバにアップロードし、その後ユーザの携帯電話にダウンロードすることができるサービス」の提供が著作権侵害行為に該当しないかが争われた事件です。当該サービスを提供しようとしている事業者である原告が、JASRACを被告として「この新サービスを提供しても音楽著作権を侵害しないこと」の確認を求めて提訴したという事案です(判決は事業者敗訴)。

 ③はビジネスを展開しようとする事業者が著作権者(あるいは権利団体)と直接交渉を行い個別に許諾を得てビジネス展開をしていくという手法です。

GrinGrin/shutterstock.com

 なお、平成30年著作権法改正によって新設された新第47条の5第1項3号では「電子計算機による情報処理により、新たな知見又は情報を創出し、及びその結果を提供する行為であつて、国民生活の利便性の向上に寄与するものとして政令で定めるもの」については権利制限の対象としています。これは、「政令」という法形式により新たな権利制限対象行為を創設するという意味で非常に興味深い仕組みです(なお、この政令制定の参考にするために文化庁が平成30年7月11日から8月10日までの間、ニーズ募集を行ったところ6団体から合計22件のニーズが寄せられましたが、結局今回は政令の制定には至りませんでした=文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会中間まとめ〈2018年12月〉より)。

 しかし、これら①~③の手法は、時間がかかり硬直的である、あるいは予測可能性に乏しい、あるいは時間をかけても結局許諾が得られないこともある、という限界があります。

「サンドボックス制度」とは

 新技術や新しいビジネスモデルのために、著作権法上新しい権利制限規定を導入しようとすると、賛成派は導入による社会的なインパクトを主張し、反対する人は導入により権利者のビジネスがいかに不利益を被るかを主張します。ただ、結局のところそのどちらが正しいのかと言うことは容易には分かりません。

 そこで「分からないのであれば、一定の条件の下でとりあえずやってみて、その結果を踏まえて再度権利者や事業者で意見を出し合ってみましょうよ」という単純な発想から出て来たのが「著作権法版サンドボックス制度」です。

 これは私のオリジナルな発想ではなく、すでに存在している制度をヒントにしています。それは「規制のサンドボックス制度(Regulatory Sandbox)」です。

 この「規制のサンドボックス制度」とは、平成30年6月に施行された生産性向上特別措置法という法律を根拠法令とする制度でして、AI・IoT・ビッグデータなどの革新的な技術やビジネスモデルを活用した新たな事業について、期間や参加者を限定すること等により、既存の規制の適用を一時的にストップし、新しい技術等の実証実験を行うことができるという制度です。「規制のサンドボックス制度」の詳細についてはこちらのサイトをご参照下さい。

 具体的には、「新技術等(AI・IoT・ビッグデータ・ブロックチェーンなどに関連した技術や手法等)実証計画の作成→主務大臣等に提出→大臣は革新的事業活動評価委員会の意見を聞いた上で認定→計画実施→モニタリング→法改正検討」という流れをとります。

 ちなみに「サンドボックス」とは「砂場」を意味します。小さな子どもが砂場で試行錯誤を繰り返しながら自由に遊ぶように、技術開発のために一定の要件のもと自由に実証実験を行えるという意味が込められています。

著作権法版サンドボックス制度

 もっとも私が提案する「著作権法版サンドボックス制度」と前記の「規制のサンドボックス制度」には大きな違いがあります。

 「規制のサンドボックス制度」においては一時的に適用がストップされるのは「規制」の部分だけであって、当該実証研究に参加する者(当該実証により権利利益を害されるおそれがある者があるときは、その者を含む)全員の同意が必要とされています。

 一方、「著作権法版サンドボックス制度」では、著作権者の同意が必要としたのではそもそも実証実験が出来ませんので、一定の要件の下、著作権者の個別同意を得なくても実証実験ができる制度を想定しています。

 具体的には「著作権法版サンドボックス制度」の概要は以下のとおりです。

① AI・IoT・ビッグデータ・ブロックチェーンをはじめとする革新的な技術やビジネスモデルの実証のためにのみ行うことができる
② 実証期間、参加者の範囲の限定を行う
③ 実証期間中、実証実験に必要な最小限の範囲において著作権者の権利を一時的に制限する
④ 事業者は実証中に得られた利益を供託する
⑤ 実証終了後、供託された利益の一部を権利制限された著作権者に対して分配する
⑥ 実証実験終了後、実証実験の事業主体、権利制限された著作権者その他の意見を聴取して法改正の参考にする

 ③④⑤がポイントです。

 「著作権法版サンドボックス制度」は新技術や新しいビジネスモデルの実証のためのものなので、実証実験により実施主体は何らかの経済的利益を得ることが前提です。

 さらに、その利益は、著作権者が本来持っている権利を一時「凍結」したことによって初めて得られた利益ですから、その一部を著作権者に分配する必要があるのは当然です。

 ④で事業主体が供託するのは、たとえば現行法上の裁定制度(著作権法67条)における「通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金」の程度のものではなく、あくまで当該実証実験により得られた利益(どの範囲の利益かは要検討です。また、利益が僅少であれば最低額として通常使用料を想定)です。

 また、⑤で著作権者に分配されるのも、同じく「通常の使用料の額……(中略)……補償金」程度ではなく、当該利益の一部分(同じく利益が僅少であれば最低額として通常使用料を想定)です。

 このように、供託や分配の対象の最低額を通常使用料以上とする理由は、単に通常使用料を支払えば実証実験ができるというのでは、一時的に著作権者の権利を「凍結」し、著作権者の市場を毀損するリスクを負わせてまで実証実験を行ったこととのバランスがとれないためです。

 また、新技術や新ビジネスで収益を上げて行くにはそれなりの時間がかかりますし、著作権者にどのような経済的な影響があるかを測定するのにも時間がかかりますので、実証期間は必然的にある程度の長期間になるでしょう(ちなみに「規制のサンドボックス制度」では、平成31年2月15日時点で3件のプロジェクトが認証されていますが、最も短い実証期間のプロジェクトは3ヶ月、最長のものでも1年間となっています)。

 仮にこの制度を運用する場合に一番問題になりそうなのは、「実証実験において、どの範囲の著作権者の権利を制限し、利益の分配対象とするか」という点です。あまりに多数の著作権者を対象とする実証実験ですと、利益の分配が事実上不可能になったり、実験終了後に著作権者の意見を集めて法改正を検討することも困難になるためです。

 そこで、たとえば、特定の著作権管理団体の管理著作物のみを対象とした実証実験などが考えられるかもしれません。

実証実験をやってみたら……

 以上が私の提案です。

 もちろん、このような実証実験により著作権者の市場に回復不可能な悪影響を与えるのではないか、あるいはどのレベルの「新技術・新ビジネス」であれば実証実験を認めていいのかという根本的な疑問から、供託すべき「利益」をどのように算定するのか、そして「分配」と言ってもどの範囲の権利者に分配すれば良いのかなど具体的な制度設計に関する疑問まで、実現までには検討しなければならないことが山のようにあります。

 ただ、それでも、実証実験をやってみた結果、権利者が「意外と悪影響無かったな」「むしろ市場拡大のヒントになった」「考えてもなかったところにニーズがあり実際にマネタイズできた」「このままこの事業者とパートナーシップを組んで事業展開していくのもありだな」などという感想を持ち、そして、それが新たな技術・産業発展と権利者の獲得利益向上につながっていく、という妄想を捨てられないのです。

 あ、あと大事なことを忘れていました。

 もし本当に「著作権法版サンドボックス制度」が出来たら、まずはこの連載で他の方々が提案されている魅力的な改正案から実証実験をしていただきたいと思います!