狭い東大にベンチャーキャピタルが二つもできた
アベノミクスで成長した官製金融。使い切れないおカネは返して
大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)
東大、京大、阪大、東北大に計1000億円
民主党が下野し、自民党が圧勝した2012年総選挙の直後、“復辟”した安倍晋三首相は、リーマン・ショック時に次ぐ13兆円もの緊急経済対策を盛り込んだ補正予算を組んだ。他の多くの官製ファンドもそうだが、官民イノベーションプログラムは、この補正予算で産声をあげた。
「補正の規模がものすごく大きかったので、いままでできなかった長期のことをやってみよう」と当時の財務省主計官。大学で生まれた研究成果に対して官製ファンドが資金支援することで新産業につなげようという狙いで始まった。
東大(417億円)、京大(292億円)、大阪大(166億円)、東北大(125億円)と4大学に合計1000億円が出資され、4大学はそれぞれ投資会社(ベンチャーキャピタル)を設立し、銀行など民間の資金も加えて、それぞれが第1号ファンドを組成した。
だが、4大学には現時点で合計447億円がまったく使われないまま、銀行に預金として預けられている。これまでに実際にベンチャー企業などへの出資に回されたのは、わずか178億円にすぎない。
阪大のベンチャーキャピタルの出資先の一つは昨年、東証マザーズに株式を公開しており、官民イノベーションプログラムでは初の上場となった。そういう成果もあるにはあるが、全体としてはまだ低調だ。
安倍首相へのご祝儀として大盤振る舞いで予算をつけた財務省だったが、さすがに銀行に巨額の預金が積まれたままになっている状態を知って事態の改善に乗り出した。
「とにかく官民イノベーションプログラムは評判が悪くて。投資先が見つからないようで、銀行にドカンとすごい金額が普通預金で入っていました。それで使わないならば返せ、と」。財務省幹部はそう指摘する。
主計局に「官製ファンドはおかしいのではないか」という問題意識が広がっていたこともあり、軌を一にして会計検査院が16ある官製ファンドの運営状況を検査した。
昨春まとめられた検査院の報告書によると、4大学の1号ファンド(合計総額631億円)のうち、これまでに実際に投資に充てられたお金はわずか7.2%の46億円にすぎなかった。
そもそも、そんなにたくさんの有望な技術の芽があるわけでもない。加えて、産まれたてのヨチヨチ歩きの大学発ベンチャー企業には、それほど大きな金額は必要がないともいえるのだ。

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狭い東大にふたつもベンチャーキャピタルができた
資金使途がないだけでなく、先行している大学ファンドとの住み分けが必要になったケースもある。
東大には本郷のキャンパス内に2004年に創設された東大エッジキャピタル(UTEC)がある。設立当時は国立大学が民間企業に出資できなかったため、東大の資金が直接UTECに拠出されているわけではない(官民イノベーションプログラムができた後に国立大学法人法が改正されて、東大など国立大が出資してベンチャーキャピタルを設立できるようになった)。
UTECは、経済産業省で投資事業有限責任組合法案づくりにかかわった郷治友孝氏を社長に据え、これまでに累計543億円を運用して90社に出資。そのうち9社が株式公開し、10社がM&Aで買収されるなどイグジットでもそれなりに成果をあげてきた。リターン(収益金)の一部は東大の研究部局に寄付しているという。
このUTECがあるならば、東大に新規のベンチャーキャピタルは不要ではないかと思えるが、官民イノベーションプログラムで予算がついたため、東大協創プラットフォーム開発(IPC)という、もう1社ができてしまった。
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