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米朝決裂で優先度が高まった日米通商交渉

コーエン証言で米朝合意を土壇場で回避。トランプの挽回策はこれしかない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

米朝決裂はダメージコントロールとしては優れていた

 ある意味で絶妙のタイミングだった。ハノイとワシントンでは昼夜逆転している。初日の夕食をしながらの会談の後、コーエンの証言が行われた。初日の会談と二日目の会談の真ん中にコーエンの証言がスポッと入り込んだのである。

 この証言が行われる前の夕食会では、トランプは「とても明日は忙しい日になる。明日の会談によって、とてもすばらしい状況になり、二国の関係はとても特別なものになるだろう」「シンガポールの会談は成功だったが、今回はそれと同じかそれを上回るほどの素晴らしい成果を挙げることができるだろう」と、米朝首脳会談について極めて楽観的な発言をしていた。

 また、金正恩も「どの時よりも多くの苦しみと努力、忍耐を必要とした。すべての人が喜ぶすばらしい結果を作り出せると確信している。最善を尽くす」「非核化しなければこの場にはいない」などと応じていた。

 しかし、夕食会後のコーエンの証言がゲームチェンジャーになってしまった。これとその反響を見たトランプとしては、この証言によるダメージを相殺できるほどの成果を、北朝鮮の非核化について挙げなければならなくなった。

 当初考えていた中途半端な成果では逆に大きな批判を浴びてしまう。このため、交渉二日目の28日に、決裂も覚悟で交渉のハードルを一気に上げたのだろう。

 これは金正恩にしては想定外だった。彼が首脳会談に向けて練りに練ったシナリオが崩れてしまったのである。

 米朝首脳会談とコーエンの証言は関係ないとする外交問題の専門家もいるが、そうであれば初日と二日目の対応がなぜ大きく違ってしまったのかを説明できない。

 我々は、北朝鮮の非核化、ロシア疑惑、米中貿易戦争、メキシコ国境での壁建設などは、それぞれ別の問題だと認識しているかもしれない。それぞれの問題の専門家であれば、特にそうである。

 しかし、トランプにとっては全て自らの政権の評価、最終的には来年の大統領選挙で勝利できるかどうかに繋がる問題である。彼にとっては、全てが関連しているのである。

 大統領であり続ければ、連邦議会からの弾劾の可能性はあるものの、司法省から刑事的な訴追は受けない。大統領でなくなれば、元ポルノ女優に口止め料を払ったことを選挙資金法違反で訴追されることになる。コーエンはこれ以外でも何件かの刑事事案を検察は検討していると証言している。

拡大米議会下院の公聴会で証言するトランプ大統領の元顧問弁護士、マイケル・コーエン被告=20192月27日、ワシントン

 トランプにとって再選は死活問題なのである。

 メキシコとの壁の建設を巡り、連邦政府の一部閉鎖という手段に出たが、国民の反発を招き、壁の建設予算は議会に認められなかった。このため大統領権限で国家非常事態宣言を行って、予算を流用して壁を作ろうとしていることに対し、16の州に裁判所に訴えられている。壁が作れなければ、選挙公約を実現できなかったとして、支持層の離反を招きかねない。

 この困った状態からリカバリーショットを打とうとして米朝首脳会談をセットしたが、コーエンの証言によって想定外の結果になってしまった。今回安易な合意をしていれば、北朝鮮の非核化問題に詳しい識者や議員から、大きな批判が出ていただろう。

 交渉を中止して、北朝鮮の要求に応じなかったことは、ダメージコントロールとしては優れていた。野党民主党のペロシ下院議長も安易な妥協をしなかったことを評価している。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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