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トランプ支持率はコーエン証言でも下がらない

米朝首脳会談の失敗でトランプの関心は通商交渉へ向く

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

ホワイトハウスで記者の質問に答えるトランプ大統領=2019年3月8日、ワシントン

ボルトンには成功でもトランプには失敗だった米朝首脳会談

 前回記事「米朝決裂で優先度が高まった日米通商交渉」で述べたように、米朝首脳会談が決裂した大きな理由は、トランプ大統領の元顧問弁護士で懐刀だったコーエンによる米国連邦議会での証言にあったと思われる。これは、トランプにとっては大きなショックだった。

 ハノイとワシントンの間の時差によって、コーエン証言は初日と二日目の会合の間にすっぽりはまった。この衝撃的な証言を見せられたトランプは、会談前に想定していた妥協的で小さな合意では、かえって米国内の反発を受けると判断したと思われる。

 トランプは、(北朝鮮が予想しなかった)高いレベルのディール(つまり完全な非核化)が必要だし、それが実現できないと席を立つしかないと、金正恩に主張したのだろう。

 トランプは帰国後、海外で指導者が重要な交渉を行っている最中に、このような証言をぶつけるのはとんでもないと民主党を強く批判した。これは、コーエン証言にトランプが動揺し、米朝首脳会談が影響を受けたことを示している。

 3月3日、ホワイトハウスで安全保障政策を担当するボルトン大統領補佐官は米朝首脳会談を「失敗ではなく、成功だった」と強調した。しかし、ノー・ディール、決裂が成功なら、わざわざ首脳会談など開く必要はなかった。これはボルトンの立場からすれば、安易な妥協をトランプがしなくて良かったというものだろう。

 コーエン証言後首脳会談でのアメリカの主張は、トランプが妥協しようとしたものから、ボルトンやポンペイオ国務長官が主張していた完全な非核化へ変化したと思われる。本来トランプだけで行うことが想定された最後の会合にも記者会見にも、ポンペイオが同席した。首脳同士の一対一(テタテ)のディールの場ではなくなったのである。

 ボルトンたちとは異なり、会談前には、トランプは明らかに金正恩と合意をしようとしていた。そうでなければ、長旅が嫌いと言われるトランプが、わざわざハノイまで行くはずがない。内政の失敗を外交で埋め合わせしようとしたのである。

 国家の安全保障を考えるボルトンたちと次の大統領選挙の勝利を考えるトランプとでは、発想の原点が全く異なる。ボルトンには成功でも、コーエン証言によって米国民にアピールしようとした米朝合意を反古にされたトランプにとっては、米朝首脳会談は明らかな失敗であり、コーエン証言を首脳会談にぶつけてきた民主党に怒り心頭となったのは当然だろう。

 コーエンはトランプを詐欺師などと呼び、トランプを擁護する共和党議員たちにあなた方も私のようにいつか後悔するだろうという厳しい言葉を浴びせた。ある政治評論家がテレビ番組で述べたように、コーエンは派手な(flashy)証言者だったし、トランプを自分の利益や欲望を優先し、国家のことなど微塵も考えていない最も大統領にふさわしくない人物だという評価を、テレビを通じて全米にアピールした。トランプは、コーエン証言と米朝首脳会談失敗の二重のダメージを受けて帰国した。

「共和党対民主党」より「立法府対行政府」 

 コーエン証言はトランプだけではなく、その支持者たちにも大きな影響を与えたように思われた。トランプの国家非常事態宣言に対する連邦議会の反対決議である。

 トランプは大統領選挙中から不法移民対策としてメキシコとの国境に壁を作るべきだと主張してきた。そのために連邦政府の一部閉鎖を行ってまで必要な予算が確保できるよう目指したが、世論の反発を受けるとともに、中間選挙の結果下院の多数を占めるようになった民主党に拒否された。

 その後の民主党と共和党の合意による予算でも、トランプが主張するような壁の予算は認められなかった。トランプにとって、米朝首脳会談はこの失点を挽回するという意味を持っていた。

 しかし、米朝首脳会談は失敗した。壁が建設できないとトランプは最大の選挙公約を果たせない。これは来年の大統領選挙に不利に働く。

 このため、トランプは大統領権限で移民の流入を国家非常事態だと宣言して、防衛予算の一部を壁の建設予算に流用しようとしたのである。この宣言に反対する決議を下院は245-182の大差で可決した。民主党議員だけではなく、トランプの与党の共和党の議員13名が造反して、この決議支持に回った。

 注目されるのは、共和党が多数を占める上院の対応である。上院多数党のリーダーであるマコーネル共和党院内総務は、共和党から4名の造反者が出て、決議は51対49で可決されるだろうとの見通しを述べている。もちろん反対する決議が可決されても、トランプは大統領の拒否権を発動するので、壁は建設できる。

 しかし、私にはコーエン証言でとうとうトランプは共和党の支持まで失うようになったのかと思われた。このような見立てが正しいのかどうか、何人かのアメリカの友人に聞いてみた。ある大学教授はアメリカ政治専門の同僚にも意見を聞いてくれた。私には想定していなかった返事が返ってきた。しかも彼らの回答は大きな点で一致していたのである。

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