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ゲノム編集食品の流通で起きること

小さな企業でも活用でき、食料生産を飛躍的に拡大させる可能性はあるが…

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

拡大Axel Bueckert/shutterstock.com

ゲノム編集と遺伝子組み換え

 遺伝子(ゲノム)編集された食品が早ければ今夏ごろから流通されることになった。

 3月18日厚生労働省の専門部会は、ゲノム編集技術を使って品種改良された農水産物の多くで、安全性の審査を求めず、国に届け出するだけで食品として販売してよいとする報告書をまとめた。

 ゲノム編集とは、DNA切断酵素を使って、遺伝子を壊したり、置き換えたりするものである。2013年にDNA切断酵素としてCRISPR/Cas9が開発されて、応用される分野や可能性が拡大された。

 従来の遺伝子組み換え技術は、別の生物の遺伝子をトウモロコシや大豆などの農産物に組み込むことで、農薬や害虫に強い品種を作ってきた。これは他の生物の遺伝子を挿入するという自然界では起こりえないことを人為的に実現するものだった。

 一方、ゲノム編集は、その農産物自身の遺伝子を切断することによって品種改良を行おうとするものである。

 もちろん従来の遺伝子組み換え技術と同様切断したところに別の作物の遺伝子を挿入することも可能である。しかし、この技術は、単なる遺伝子の切断によって特定の遺伝子の働きを止めることで品種改良を加速することを可能にした点に、その特徴がある。その生物に別の生物の遺伝子を組み入れるものではない。その生物自体の遺伝子を操作するだけで品種改良を実現する。

 これは自然界に見られる突然変異やこれまで異なる品種を掛け合わせることによって行ってきた従来の作物改良と異なるものではないと説明される。

 「遺伝子組み換え食品の規制、日本に近づく米国」(2018年11月5日付)で、従来の遺伝子組み換え技術の規制について説明した。遺伝子組み換え食品については、まず安全かどうかが診断される。

 その安全だとされた農産物や食品について、どのような表示規制を行うかについて、従来、アメリカ、日本、EUの異なるアプローチがあり、アメリカが日本と同様の規制を検討していることを説明した。もう一度その部分を引用しながら解説する。

 遺伝子組み換え食品の表示については、実質的には従来の食品と安全性や機能の面で同じである以上一切表示義務を認めないアメリカと、遺伝子組み換え農産物から作られる食品には(1%でも遺伝子組み換え農産物を含んでいれば)全て表示義務を要求するEUとが、両極端にあった。
 日本はその中間で、大豆を例にとると、改変されたDNAやタンパク質が検出できる納豆や豆腐には表示義務を課し、加工のレベルが高度なため、それらが検出できない油やしょう油には表示義務を課さないという規制をかけてきた。

 アメリカは、2016年遺伝子組み換え食品について表示を求める法律を制定した。この法律に基づき、農務省が具体的にどのような食品に表示義務を要求するかについて、検討中である。

 この法律は、遺伝子組み換え(GMO)という言葉ではなく、バイオ工学で作られた食品(“Bioengineered Food”)という広い概念を使用している。その定義として「1.試験管内で組み替えられたDNA技術を使って改変された遺伝的な物質を含み、かつ、2.その改変が伝統的な育種によるものではなくまたは自然に存在しないもの」とされている。つまり、従来の遺伝子組み換え農産物・食品だけでなく、ゲノム編集されたものまで対象としている。“改変された遺伝的な物質”があるかどうかが、カギとなる。改変された遺伝的な物質(BE物質)を含まないしょう油や油までも表示義務の対象とするEUとは異なり、日本の規制のように、これらは規制の対象にならない。

 ゲノム編集された食品についても、各国とも従来の遺伝子組み換え食品と同様の考え方に立っている。EUはゲノム編集された食品も遺伝子組み換え食品も同じように取り扱うとしている。安全が評価されたゲノム編集食品でもすべてについて表示が必要だとするものである。

 EUは食品や農産物が作られる課程・プロセスに応じて規制しようとする。これに対して、日本やアメリカは、プロセスではなく、作られたものに着目して規制すべきだとする考えである。

 今回の厚労省の取り扱いも遺伝子組み換え食品の規制の延長線上にある。つまり、ゲノム編集でも遺伝子組み換え食品のように他の生物の遺伝子を挿入するような場合には、安全性の評価を行い、流通させるかどうかを判断するが、そうでない多くのゲノム編集された食品については、自然界のものと異ならないので、安全性の評価は不要となり、開発した企業などに届け出だけで流通させて良いとしたものである。

 今後、表示の規制を消費者庁が検討することになるが、論理的に考える限り、遺伝子組み換え食品と同様他の生物の遺伝子が食品中に残存しない限り、表示の規制は不要であるという結論になるだろう。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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