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[44]「日本型同一労働同一賃金」のふしぎ

基本給の格差にふれない判決続く、「同一身分同一賃金」脱出へ改善を

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

東京メトロ本社前で格差是正を訴える子会社の契約社員=2014年5月1日、東京都台東区

 非正社員に対する諸手当や賞与、退職金の支給判決が相次ぎ、「働き方改革」の「同一労働同一賃金」の成功の証とする評価が聞かれる。だが、それは本当だろうか。これまでの判決では、賃金の本体のはずの基本給の格差は対象になっておらず、「基本給部分に賃金を集めさえすれば非正規への人件費は抑えられるのでは」という見方まで一部に出始めているという。「やっている仕事」より「正社員の可能性」などに主眼を置く判断も見受けられ、非正社員からは「実態は同一労働同一手当」「いや、同一身分同一賃金」という声も上がっている。2月20日に高裁判決が出た「メトロコマース訴訟」の契約社員らの事例から、そんな「日本型同一労働同一賃金」のふしぎを考えてみた。

「初の退職金」判決にも涙の抗議

 「メトロコマース」は地下鉄売店などを運営する東京メトロの子会社だ。今回の訴訟は、その売店で働く4人の女性契約社員が、同じ仕事をしている正社員販売員との待遇格差は労働契約法20条が禁じる「不合理な格差」にあたるとして起こした。政府の「働き方改革」の柱である「同一労働同一賃金ガイドライン」の確定後に出された今回の高裁判決は、「働き方改革」が非正規の待遇是正に効果を上げるかどうかを問うものとしても注目されていた。

 ほぼ全面敗訴だった地裁判決に対し、高裁判決では退職金の一部に加え、住宅手当と褒賞も認めた。確かに、これらは原告や支援労組、弁護団らの粘り強い努力の成果だった。翌日のマスメディアでは、「契約社員に初の退職金支給」と報じ、同月15日の大阪医科大学の非正規職員に賞与を認めた判決に続き、非正規職員の権利が前進しつつあるとの論調が躍った。

 だが当日の法廷の様子は、これらの報道とは大きく異なっていた。判決が言い渡されると、原告と傍聴席から「不当判決だ!」の声が上がった。高裁前に集まった人々の前に「不当判決」の垂れ幕が掲げられ、原告たちは涙で抗議と上告の意思を表明した。
https://www.youtube.com/watch?v=tv09JFkt2xk&t=6s

 この落差はどこから来たのだろうか。

「やるかもしれないこと」で評価?

 まず、認められたのは原告4人のうち3人分を合わせて約220万円と、求めていた正社員との差額の5%にも満たない額だったことがある。しかも、残る1人は契約社員としての定年が労契法施行以前で、その後は短時間の「登録社員」としてしか採用されなかったとして、働き続けてきたにもかかわらず対象にならず、請求を棄却された。

 こうした額にとどまったのは、大きな部分を占める基本給や賞与の格差是正が認められなかったことが大きい。そこには、政府の「同一労働同一賃金ガイドライン」の在り方がある。

 ガイドラインでは基本給について、「職務内容」だけでなく、「配置の変更範囲」「その他の事情」の違いに応じた格差も考慮していいとされている。だが、「配置の変更」の有無で基本給に差がつけられることは、転勤がしにくい女性などには極めて不利で、実質的な性差別賃金の温床になりやすい。また、「その他の事情」が考慮されるとなると、仕事に見合った賃金の公正さより、会社の都合を忖度した判断が生まれやすくなる。

 ちなみに、2018年の長澤運輸訴訟最高裁判決は、原告の職務と配置転換を同一としつつ、年金受給までの再雇用という「その他の事情」で基本給の格差是正は認めず、原告は敗訴した。

 原告らは、売店での販売を担うという業務で配置転換もないという点から、「職務内容」も「配置の変更範囲」も正社員と同じ、と主張してきた。これに対し高裁判決は、正社員は一定域内の売店を統括するエリアマネージャー業務などに従事することも「あり得る」ため「職務内容」は異なるとし、売店以外の業務への配置転換の「可能性」もあるから「配置変更の範囲」も異なるとした。これからやるかもしれないことが異なるから仕事が違うという考え方だ。このように「まだやっていないこと」で判断されれば、労働の対価(=実際にやったこと)ではなく、雇う側の期待(=偏見)によって賃金が左右されかねない。

 ちなみに、正社員への登用試験はあるが、会社の総合判断で決まるとされ、客観的な基準でなく、会社の裁量次第の形になっている。これに対しても、不適切とか、制度の運用が恣意的といったことを「認めるに足る的確な証拠はない」として、判決では問題にされなかった。

 高裁判決は、「その他の事情」として、「正社員として支給されてきた賃金の水準を(会社側が)一方的に切り下げたりすることはできなかった」として、格差はやむをえないとしている。ガイドラインには、正規と非正規の格差解消の際に労使の合意なく正社員の待遇を引き下げることは望ましい対応とは言えない、とある。正社員の不利益変更を防ぐはずのこの規定が、非正社員との格差の容認に使われたことになる。契約社員の賃金を仕事内容に合わせて引き上げれば、正社員を切り下げる必要はない。格差の是正には、働き手の総取り分を増やすことで消費の活性化やデフレ脱出を実現する政策的意義もあるが、賃金の公正より総人件費の維持を優先するという暗黙の発想がそれを阻み、ガイドラインはそれを助けてしまったかにみえる。

 ガイドラインは、このような「実際に何をしているか」より「正社員」である身分がものをいう仕組みの追認を許す構造をはらんでいる。

「同一」を量れない「同一労働同一賃金」

 もう一つの問題点は、「同一労働」を量る客観的物差しが、「ガイドライン」には欠けていることだ。賞与は、本給の2カ月分に17万円あまり上乗せされている正社員に対し、原告らは12万円しか支給されない。これについて判決文は、「有為な人材の獲得・定着」のためという会社側の主張に一定の合理性があると述べている。販売員は売店を本業とする会社の柱のはずだ。にもかかわらず、契約社員だから「有為」でないというのは、会社側の偏見といわれてもしかたない。また、経費削減のため売店をコンビニへ転換しつつあり「支払い可能な賃金総額という配分」に制約があることも挙げられた。「労働の対価」としての賃金というより、経費節減のしわ寄せをされても仕方ない「身分」にあることが賃金の根拠とされてしまっている。

 今回注目された「退職金」は、「会社の裁量」とはかかわりなく正社員の勤続に応じて支給され、契約社員に退職金を全く払わなかったことに合理性はないとされた。これは前進だ。だが問題は「正社員の4分の1」とされた点だ。原告らは正社員と同じく65歳定年制で勤続が前提とされ、1年契約ではあるがこれを更新して10年前後の長期間働いてきた人もいる。それがなぜ「4分の1」なのかの説明はない。

 一方、住宅手当は、生活費補助という本来の趣旨から差をつける合理性はないとして認められ、10年勤続正社員に3万円認められている褒賞も、「勤続した人」という趣旨では契約社員も同じ、として認められた。

 ILOなどの国際基準では、賃金差別の是正のためには職務を分析してそれぞれを「スキル」「責任」「負担度」「労働環境」について重さを量って点数化し、比較する手法が推奨されている。「やっている仕事(やるかもしれない仕事ではない)」をできるだけ客観化する装置づくりによって、差別意識が忍び込むことを防ぐためだ。また、それがあるからこそ、まったく同一でない仕事についても「違いに応じた処遇改善」が確保できる。「日本型同一労働同一賃金」はそうした装置を欠いている。そのため、今回の判決のように、基本給、賞与、退職金の格差の妥当性は、会社の裁量や、裁判官の目の子勘定で決めざるをえない。一方、明確な基準で一律に決められた手当関係の格差是正は比較的認められやすくなり、それがこの間の訴訟での「非正規の前進」につながったと考えられる。このような、基本給の格差にはふれない判決が続く中、ある勉強会では、経営側の弁護士から「基本給に賃金を集めておけば非正社員への人件費は抑制できるのでは」という声まで出たという。

「日本型同一労働同一賃金」の欠陥の直視を

 労働時間や仕事の内容が同一の臨時社員と正社員の賃金格差が問われた1996年の丸子警報器訴訟では、「臨時社員の提供する労働内容は、その外形面においても、被告への帰属意識という内面においても、被告会社の女性正社員と全く同一」として、やっている仕事を比較し、正社員の賃金の8割相当額を下回ってはならないとされた。しかも、働き手の労働内容が同じなら、正社員化するか、同じ賃金体系を採用するべきだとも指摘している。今回の「同一労働」の評価の仕方の点でも、基本給が正社員の7割程度にとどまっていることを容認した点でも丸子警報器判決より後退しているかにさえ見える。

 原告の契約社員たちはいずれも家計を担う世帯主だが、正社員と同じ業務に従事し、フルタイムで働いても月の手取りは13万円程度だ。家賃や交通費負担が重く、食費を月2万円弱に切り詰めている原告もいる。この女性は、消費税の引き上げで食品価格が上がっても食費を増やせないため、購入量を減らし、1回に食べる分を減らしてしのいできた。栄養不足で3回ほど倒れたこともあるという。

 かつて、ある総合職女性から「女性は結婚してやめるから大事な仕事は教えられない」と上司に言われ、「やったことなら責任はとれるが、これからやるかもしれないことの責任はとれない」と辞職したと聞いた。このような「やるかもしれないこと」で働き手を判断する差別的な土壌を変え、実際にこなしている仕事に対応した賃金を払う「同一労働同一賃金」なしでは、非正規の過酷な実態は改善されない。基本給是正にたどりつけない「日本型同一労働同一賃金」の欠陥を直視し、改善していくことこそが、日本の貧困や賃金差別解決への一歩だ。非正規の原告たちが懸命に獲得してきた諸手当、賞与、退職金という成果を、「働き方改革」の礼賛だけに終わらせてはならない。

参考文献 竹信三恵子『企業ファースト化する日本~虚妄の「働き方改革」を問う』(岩波書店、2019年)