[44]「日本型同一労働同一賃金」のふしぎ
基本給の格差にふれない判決続く、「同一身分同一賃金」脱出へ改善を
竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授
「やるかもしれないこと」で評価?
まず、認められたのは原告4人のうち3人分を合わせて約220万円と、求めていた正社員との差額の5%にも満たない額だったことがある。しかも、残る1人は契約社員としての定年が労契法施行以前で、その後は短時間の「登録社員」としてしか採用されなかったとして、働き続けてきたにもかかわらず対象にならず、請求を棄却された。
こうした額にとどまったのは、大きな部分を占める基本給や賞与の格差是正が認められなかったことが大きい。そこには、政府の「同一労働同一賃金ガイドライン」の在り方がある。
ガイドラインでは基本給について、「職務内容」だけでなく、「配置の変更範囲」「その他の事情」の違いに応じた格差も考慮していいとされている。だが、「配置の変更」の有無で基本給に差がつけられることは、転勤がしにくい女性などには極めて不利で、実質的な性差別賃金の温床になりやすい。また、「その他の事情」が考慮されるとなると、仕事に見合った賃金の公正さより、会社の都合を忖度した判断が生まれやすくなる。
ちなみに、2018年の長澤運輸訴訟最高裁判決は、原告の職務と配置転換を同一としつつ、年金受給までの再雇用という「その他の事情」で基本給の格差是正は認めず、原告は敗訴した。
原告らは、売店での販売を担うという業務で配置転換もないという点から、「職務内容」も「配置の変更範囲」も正社員と同じ、と主張してきた。これに対し高裁判決は、正社員は一定域内の売店を統括するエリアマネージャー業務などに従事することも「あり得る」ため「職務内容」は異なるとし、売店以外の業務への配置転換の「可能性」もあるから「配置変更の範囲」も異なるとした。これからやるかもしれないことが異なるから仕事が違うという考え方だ。このように「まだやっていないこと」で判断されれば、労働の対価(=実際にやったこと)ではなく、雇う側の期待(=偏見)によって賃金が左右されかねない。
ちなみに、正社員への登用試験はあるが、会社の総合判断で決まるとされ、客観的な基準でなく、会社の裁量次第の形になっている。これに対しても、不適切とか、制度の運用が恣意的といったことを「認めるに足る的確な証拠はない」として、判決では問題にされなかった。
高裁判決は、「その他の事情」として、「正社員として支給されてきた賃金の水準を(会社側が)一方的に切り下げたりすることはできなかった」として、格差はやむをえないとしている。ガイドラインには、正規と非正規の格差解消の際に労使の合意なく正社員の待遇を引き下げることは望ましい対応とは言えない、とある。正社員の不利益変更を防ぐはずのこの規定が、非正社員との格差の容認に使われたことになる。契約社員の賃金を仕事内容に合わせて引き上げれば、正社員を切り下げる必要はない。格差の是正には、働き手の総取り分を増やすことで消費の活性化やデフレ脱出を実現する政策的意義もあるが、賃金の公正より総人件費の維持を優先するという暗黙の発想がそれを阻み、ガイドラインはそれを助けてしまったかにみえる。
ガイドラインは、このような「実際に何をしているか」より「正社員」である身分がものをいう仕組みの追認を許す構造をはらんでいる。