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導入30年、消費税の歴史に何を学ぶか

「福祉財源」の約束、根強い増税反対を軽視するな

小此木潔 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

「社会保障目的税」の虚実

 法律の文言を額面通りに受け取れば、消費増税で税収が増える分だけ社会保障にお金が回って、年金、医療、介護、少子化対策が充実し、国民が受ける福祉サービスはぐんと増えそうにも見える。だが、現実はそうならなかった。この法律には運用面で一種の「からくり」が組み込まれていたからである。

 当時の推計では消費税を1%上げると税収は年2.7兆円増えると見込まれた。税率を5%から10%に上げれば合計で年13.5兆円の税収増となる。この増収分をどう使うかについて、財務省は「1%分の2.7兆円を社会保障サービスの充実に、残りの10.8兆円は現行の社会保障費の財源に充てる」と政治家やメディアに説明していた。これは要するに、増税分が社会保障の財源に回ると法律に書かれていても、実際には80%が毎年の国債発行の圧縮、つまり借金の減額に使われ、福祉の充実に使われるのは20%だけであるということを意味していた。現行の社会保障費の国債でまかなわれている部分を消費税収に置き換えるという論法だ。それでも足りないので「すき間」ができ、それもいずれは消費増税で…という狙いが財務省にはあった。

 だが、よく考えれば、消費税を社会保障に充てると法律で決めたからと言って、社会保障費をすべて消費税で賄わなければいけないということにはならない。ところが、財務省はあたかもそうであるかのように増税分の使途を決め、財政再建優先の発想を貫いたのだった。こんなやり方でも増税分を社会保障に使うとみなされるのであれば、極端な例として、かりに社会福祉サービスをまったく変えずに国債の減額だけに税収を充ててもいいことになってしまいかねない。こんな矛盾に満ちた運用を国民の間で議論すればよかったはずだが、巨額の財政赤字が積み重なる状況にあっては政治もメディアも、財政赤字対策を優先するのが当然と考えていたため、財務省の論理や使途配分の妥当性に関する議論はほとんどなされなかったのである。

 政府が2010年6月に閣議決定した「財政運営戦略」で、国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、国債関連を除いた財政収支)について、「赤字のGDP比を2015年までに半減、遅くとも2020年までに黒字化」するという目標が決められていたことが、政治家やメディアに影を落としていた。当時の菅直人首相も財政再建に前のめりで、2010年2月にカナダで開いた主要7カ国(G7)首脳会議の席上、「予算成立後、ただちに財政再建に取り組む」と発言したほどだった。財務官僚や官邸スタッフによれば、菅首相は「財政赤字を放置してきた君たちが悪い」と官僚を叱り、「増税の使途を語ってはいけない」と周囲に述べたほどで、財政赤字対策優先の姿勢だったという。

 しかし、法律には社会保障目的税をうたい、実際は借金返済を優先するやり方は、景気悪化の引き金になりやすい面を有するとともに、政権の都合次第で増税分を他の目的に使うこともできる余地を残していた。それを逆手にとるようにして、消費税の使途変更を打ち出したのが安倍首相だった。安倍政権がそのような政策転換を図るきっかけは、2014年の消費増税による景気失速だった。

「税率8%」が生んだ景気失速

 もともと安倍官邸や支持者たちの間では、増税への抵抗感が強かった。消費増税の延期もその影響だったが、他方で高齢社会の財源確保のための消費増税を求める経済界の支持を得るには、増税をいつまでも先送りするわけにもいかなかった。そのため、2014年4月に消費税の税率を5%から8%に引き上げたところ、7-9月期の国内総生産(GDP)が予想以上に大きな落ち込みを示した。その結果を受けて

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筆者

小此木潔

小此木潔(おこのぎ・きよし) 上智大学教授(政策ジャーナリズム論)、元朝日新聞論説委員

ジャーナリスト、上智大学教授。群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。富山、奈良、大阪、ニューヨーク、静岡、東京で取材。論説委員、編集委員を経て2014年から現職。著書に『財政構造改革』『消費税をどうするか』(いずれも岩波新書)、『デフレ論争のABC』(岩波ブックレット)。監訳書に『危機と決断―バーナンキ回顧録』(角川書店)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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