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アベマTVっぽいニュースの作り方

若手気鋭のプロデューサーがネットメディア報道の最前線を報告する

郭晃彰 AbemaPrimeプロデューサー

AbemaNewsを放送するけやき坂スタジオ

イチローの声をすべて伝えたのはネットだった

 イチロー選手が、第一線を退く意向を固めた――。

 そんな情報が飛び込んできたのは、3月21日夜のことでした。NHKが「ニュース7」の終わりで速報原稿を読み上げたのが19時30分。テレビ朝日が速報を打ったのは「アメトーーク」放送中。イチロー選手本人による引退会見が始まったのは、日をまたぐ頃でした。

 祝日の深夜に突如、設定された国民的スターの会見。地上波で生中継したのは、日本テレビ、フジテレビ、テレビ東京でした。

 しかし日本テレビの番組は会見開始をずーっと待っていたのですが、イチロー選手が「現役生活に終止符を打ち、引退することと…」と発言した所で放送時間終了。地上波での中継は24時30分までには全て終わってしまいました。

 私たちネットメディアにとってはここからが勝負です。

 「イチロー選手の声をもっと聞きたい。最後まで聞かせて」。そんな視聴者やファンの皆さんがテレビの前を離れ、雪崩を打ってネットに流れ込んできたのです。

 結局、25時すぎまで続いた会見を最後までノーカットで中継したのは、AbemaTVなどのネットメディアのほか、NHKや民放各局が提供するスマホアプリでした。“平成の名会見”といっても過言でないイチロー選手の声をすべて伝えたのは、地上波ではなくネットだったのです。

 これはAbemaTVが開局した3年前では、あり得なかった光景です。メディア、とりわけニュース動画を巡る環境は、大きく変わっているのです。

あれは2015年のクリスマスの夜だった

 「テレビ朝日とサイバーエージェントでインターネットテレビ局『AbemaTV』を新たに立ち上げる。その中に『AbemaNews』というニュース専門チャンネルを設ける。24時間365日いつでも原稿を出して欲しい」

 そんな話を聞いたのは、2015年12月末。クリスマスの夜でした。

 災害担当の記者だった私は、地震が起きればいつ、どこにいても即出勤という生活を送っていました。「こんな日くらい自由に過ごさせてよ」と、口にこそ出しませんでしたが、強く、強く、そう思いながら、会社の偉い人の顔を見つめていた記憶があります。

 当時はまだAbemaTVのアプリやコンテンツは姿・形もなく、“開局する”と言っているだけの得体が知れない状態。「キラキラ女子が溢れる新進気鋭のIT企業と、何か新しい事業を始めるのだろう―」。そんな風にしか思っていなかった私でしたが、AbemaTV開局直前の2016年3月からこのプロジェクトに加わり、仕事をしています。

 24時間ニュースチャンネルの「AbemaNews」はテレビ朝日の報道局が制作しています。私のようなテレビ朝日の社員、この事業のために新たに加わったAbemaNews社員、制作会社のスタッフで運営しています。

AbemaNewsを放送するけやき坂スタジオ

 この3年間、考え続けてきたことがあります。それは「AbemaTVっぽいニュースとは何か?」という問いです。

 これまで地上波テレビの視聴者だけを見て、コンテンツを作ってきた私たちにとって、スマホ・ネット向けの番組制作は初めての挑戦でした。開局当初は10〜20代の若い人たちにとって、何がニュースで、何がニュースではないのか、それすらも分かりませんでした。

 従来のテレビと同じことをやれば良いのか、丸っきり違うことを伝えればいいのか。

 そもそも、スマホやネットの世界に、ニュース動画の需要はあるのか?

 そんな自問自答を繰り返し続けています。答えはまだ見つかっていませんが、3年間で見えてきたことを紹介させて頂きます。以下、あくまで個人の意見で、組織を代表するものではありません(この一文、最近見る機会減りましたね)。

 AbemaTVっぽいニュースとは何か?

1 話題を逆算して企画を考える
2 徹底したライブ主義〜災害報道
3 マスじゃないけど誰かが熱狂する話題
4 ほかと違う目線からのニュース解説
5 ちょっとしたタブー感に触れる

 順番に説明させて下さい。

1)話題を逆算して企画を考える

 地上波で仕事をしていた頃は、視聴率が最大にして唯一の指標でした。

 一方、AbemaTVでは、視聴数という数字以外にも、TwitterなどSNSでのリアクションや、他のニュース媒体での記事配信など、“コンテンツ自体の話題化・拡散”という別の目標もあります。

 例えば、冒頭で紹介したイチロー選手の会見で「AbemaTVは最後まで中継してくれた! ありがとう」といった趣旨のツイートが多数寄せられ、この日「Abema」という言葉がTwitterトレンド入りしました。

 また、以下のような記事が出ました。

 イチロー引退会見生中継で誤表示連発の「AbemaTV」が見解 「試験的な取り組み。人の手で作業したような精度は実現できていない」

 選手生活→性生活、ファン→パン イチロー引退中継、AbemaTVのAI字幕が誤認識を連発 運営「試験的なため精度まだ実現できていない」

 問題とされている「リアルタイム字幕AIポン」について正直に申し上げると、あまり精度が高くないことは、運用前から織り込み済みなのです。だから、私たちも親しみを込めて“AIポン”と命名し、秀才キャラより愛されキャラを目指しています。しばしば生じてしまう誤変換については、今後精度の向上を図っていきますので、温かく見守っていただければ嬉しいです。

 従来の「PDCA(Plan→Do→Check→Action)」サイクルではなく、「DFDC(Do→Fail→Do&Check)」、失敗覚悟でまずはやってみる、AIポンはこのサイクルで育てていきます。

 ちなみに日本語も拙いAIポンですが、3月26日未明のApple新商品発表会では、同時通訳にも挑戦してみました。

メディア勉強会の様子(写真提供 THE GUILD)

2)徹底したライブ主義〜災害報道

 この3年間、熊本地震や西日本豪雨、北海道地震など多くの自然災害がありました。私たちが意識したのは、“被災地にとって必要な情報”です。

 テレビ放送では被災地のことを、被災地“外”で知ってもらうための情報が多くなります。地震や津波、崖崩れなどの強烈な映像が次々に飛び込んできます。被災状況を広く伝えることで、人命救助に繋がったり、救援物資が集まりやすくなるなどの効果がある一方、被災地“内”の人にとっては必ずしも“欲しい情報”ではないのもまた事実です。

 では、AbemaTVは災害時に何を伝えるべきなのか?

 そう考える中で、発案したのは“被災者に向けた超ローカル情報”の発信でした。例えば、避難所や物資が集まる場所の地図や住所であったり、スマホの充電ができる電源車の動きなどです。また交通インフラに関しても、被災者にとって必要なのは空路や鉄道ではなく、市道や県道のことかもしれません。平時であれば「いつものように通れます」は情報価値がありませんが、発災直後ではそれが極めて重要なニュースだと考えました。

 関西を直撃した台風21号でも、北海道地震でも、地上波テレビが映らない中で「AbemaTVが頑張って災害情報を伝えてくれた」「役に立った」という声を多くいただきました。

 スマートフォンでの放送という特性を活かした結果だと思っています。

 ただ、北海道地震では大停電の中、各地でスマホの充電に長い列ができていました。スマートフォンも、充電できない状況では長く動画を見続けることはできません。

 そのような時にどうすればいいのか、課題はありますがさらに被災者に役立つ情報を伝えていきたいと思います。

 被災地の取材カメラは1台でいい?アベプラ小松靖アナが本音で語る「災害とメディア報道」(ITジャーナリスト・三上洋さん)

 LINEで情報を受け付け、被災地を取材 フリーのジャーナリストだからできるオーダーメイドな災害報道とは

 救助要請ツイートもアウトソーシングがカギ? 平成最悪の豪雨、情報発信・収集の教訓は

3)マスじゃないけど誰かが熱狂する話題

 LGBTや難病、外見の見た目に問題を持つ方など、マイノリティの取材を継続的に行なっています。特に反響が大きかったのは、吃音症を持つ就活生に密着した回です。

 「吃音のことを知ってほしい」営業職志望も吃音がハードルに…面接に悩む就活生が決意の生出演

 誤解を恐れずに申し上げると、吃音症は自由に喋ることが難しい病気なので、テレビの取材対象にはなりにくいと思います。しかしながら、幼少期は20人に1人、成人の100人に1人が該当するというデータもあり、吃音症の方は一定数います。

 マスではありませんが、当事者にとって価値がある情報を発信することは、報道機関に求められていることだと感じます。そしてネットの「ニュース」として流すことで、当事者が抱える課題や問題が解決する一助になればと思っています。

 この特集を機に、広島で行われた世界吃音学会を取材させて頂いたり、吃音症と少し異なるものの、同じように自由に言葉を使えない場面緘黙症がある女性に出会えたりするなど、多くの反響があり、新たな企画にも繋がりました。

 「言葉が出ず悔しい」「誰とでも話せるようになりたい」場面緘黙に悩む若者たちの告白

メディア勉強会の様子(写真提供 THE GUILD)

4)ほかと違う目線からのニュース解説

 「大きなニュースが発生すると報道・情報番組は、どこも同じような内容を放送している」。最近このようなことをよく言われます。私たちはそうした時には、まだテレビにもネットにも出ていない“違う目線”からニュースを紐解くことを意識しています。

 事例をふたつあげます。ひとつは市川海老蔵さんの妻・小林麻央さんが亡くなった時のニュースです。

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