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英のEUからの離脱劇、混迷の謎を解く

時間がかかるのは悪いことか?

小林恭子 在英ジャーナリスト

準備が整う前に、離脱のための第50条発動

拡大議事堂前の残留派のプラカード。「ブレグジットのめちゃくちゃを止めろ」(左)、「ブレグジット―貧しくなりたくて投票した人はいない」(右)(3月12日、筆者撮影)
 メイ政権発足時、政府は今後の離脱交渉について何の指針もない状況に置かれた。UKIPの党首で国民投票の実現に力を発揮したナイジェル・ファラージ氏が党首の職を降り、離脱に向けた国内政治の動向から身を引いた(ただし、欧州議会議員の職は維持)。離脱運動を主導した政治家(保守党)ボリス・ジョンソン氏は平議員で、メイ氏のそばにはいなかった。メイ氏自身が残留派で、キャメロン首相とともに残留キャンペーンを行ってきたので、離脱をどう進めるかの持論は持っていなかった。

 メイ氏は離脱の実行を首相としての使命と肝に銘じ、「ブレグジットを何としてもやり遂げる」と宣言し、党内の強硬離脱派を取り込むために、「EUの関税同盟からも、単一市場からも出る」と述べるようになった。内閣にはジョンソン氏を含む離脱派数人を入れたものの、離脱派と残留派の真っ二つに割れた国民をどうまとめるべきなのか、誰もその答えを知らなかった。

 「EUなき英国」のあるべき姿を構築するには、政府が国民に意見を募ったり、言論の場で議論がなされたり、必要な法律を立法化したりなどの過程が必要で、これには時間がかかる。

 メイ政権には離脱後の英国像のコンセンサスを作る余裕はなかった。「早く方針を決めろ」、「一体政府は何をやっているのか」とメディア及び保守党内離脱強硬派が連日突き上げた。

 2017年3月、国民投票から9カ月後、メイ首相はEUの基本条約の中で離脱を規定する第50条を発動した。これによって、2年以内に英国はEUから離脱することになった。しかし、この時も「まだ準備はできていなかった」という(首相の元側近の談話、BBCラジオ4の番組「ブレグジット首相」、3月11日放送分から)。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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